【今週の大人センテンス】抗議に対する川勝・静岡県知事の何だか爽快な対応

 

巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

 

 

第42回 政治の世界の「お約束」を果敢に無視

 

「汗と一緒で、出たものは撤回のしようがない。そういう議員もいるという意味の発言で、議員全体とは言っていない」by川勝平太・静岡県知事

 

【センテンスの生い立ち】

静岡県の川勝平太知事は、1月4日に県内で放映された学生と知事が対談する形式のテレビ番組の中で、「今ある県議会は職業政治屋の方がやっている」「権力欲と金銭欲しかないような、いわゆる見るからに表情が腐っているような人たち」などと発言した。それに対して静岡県議会は18日、「断じて容認できない」と発言に抗議し、公式の場での発言撤回と謝罪を要求。しかし川勝知事は、上のように語って、撤回や謝罪はしない意思を示した。

 

【3つの大人ポイント】

・きっと暴言は承知で、多くの人の実感を言葉にしている

・形だけの撤回や謝罪の無意味さを結果的に批判している

・批判の声や今後の面倒な展開に対する覚悟を決めている

 

 

素人の目から見ると、政治の世界の「常識」や「お約束」は、とても不可解です。議会や記者会見やメディアで、問題がある(とも受け取れる)発言をした人に対して、発言を気に食わない側が「撤回を要求する」というのも、そのひとつ。一度口にしてしまったことは、謝ることはできるかもしれませんが、言わなかったことにはできません。しかし政治の世界では、形式的に「撤回」すればなかったことになるし、させたほうは手柄になるようです。

 

建前や形式が何より重視される政治の世界において、今回の川勝静岡県知事の対応は、型破りで意表を突くものでした。1月4日に県内で放映されたテレビ番組で、学生からの「若者の意見が政策に反映された実感が欲しい」という意見に対して、知事は「今ある県議会は職業政治屋の方がやっている」「権力欲と金銭欲しかないような、いわゆる見るからに表情が腐っているような人たち」などと、大胆な表現で議会を批判します。

 

詳しい事情はわかりませんが、よっぽど日頃からウンザリしていたんでしょう。当然、「表情が腐っている」と言われた県議会の議員さんたちは面白くありません。18日、県議会の議長や全4会派の代表らが知事室にやってきて、「県議会議員全員を愚弄、冒涜した発言で、断じて容認できない」と抗議文を読み上げ、公式の場での発言撤回と謝罪を求める申し入れ書を渡しました。詳しいいきさつとそのときの様子を報じた記事は、こちら。

 

 

記事には申し入れ書を手渡す瞬間の写真が載っています。たまたま知事室に記者がいたとは考えづらいので、渡しに行く側が「これから知事に抗議しに行きますよ」と記者に知らせたんでしょうか。だとしたら「ガツンと言ってやる俺たち、カッコイイ」「ちゃんと言い返す姿を有権者が見たら、さすが○○先生と感心するはず」と思っているわけですね。

 

申し入れ書を受け取ったあと、川勝知事は「汗と一緒で、出たものは撤回のしようがない。そういう議員もいるという意味の発言で、議員全体とは言っていない」と語りました。撤回も謝罪もするつもりはないと、はっきり宣言しています。形だけの謝罪をして、形だけの撤回を約束する方法もあったし、それがもっとも楽チンでしょう。しかし知事は、議員さんたち、とくに「表情が腐っている」と言われて身に覚えがある面々をさらに怒らせることは覚悟の上で、要求を突っぱねました。外野から見ている分には、何だか爽快な対応です。

 

川勝知事が知事としてどういう仕事をしているのか、どういう人柄なのか、そのあたりのことは存じ上げません。学問の世界から政治の世界に入って、しかも最初は野党の推薦で知事に立候補した経歴から見ると、きっと議会にたくさんいるであろう「プロの政治家」(悪い意味です)のみなさんは、腕まくりをしてあれこれ難癖をつけまくり、知事の側も議会に対して反発や怒りを覚え続けてきたことは想像に難くありません。

 

残念ながら、何かと話題の都議会をはじめとして、あちこちの地方自治体では似たような光景が繰り広げられています。誰もが「ありそうな話だな」と感じるぐらいには、地方議会や地方議員は深く幻滅されていると言えるでしょう。もちろん、川勝知事が善玉で議会が悪玉とは限りません。ただ、2009年の最初の知事選は大接戦でしたが、2期目となる2013年の選挙では2位の候補者にトリプルスコアに近い差をつけての圧勝でした。

 

自分も含まれているグループを指して「職業政治屋」「表情が腐っている」と言われたら、まずはなぜそう言われたのかを胸に手を当てて考え、わからないときは言った相手に尋ねてみるのが、大人としての冷静で謙虚な態度です。反射的に「許せん!」「取り消せ!」といきり立つのは、身に覚えがあると言っているも同然ではないでしょうか。面子を保つために抗議文を突き付けるというのは、いかにも政治の世界の常識や前例にのっとっただけの安易な発想であり何も考えていない行動に見えます。

 

川勝知事は「お約束」にのっとった形だけの手打ちよりも、議会との対立姿勢をさらに明確にすることを選びました。この先さらにやりづらくなるのは確実だけに、はたして「知事」として正しい対応だったのかどうかはわかりません。まあでも、静岡県民ならまだしも、よその県の知事と県議会のゴタゴタなんてどうでもいい話です。静岡県民にしたって、そんなことにエネルギーを使っていないで、いろいろちゃんとしてくれという気分でしょう。

 

このニュースから当事者ではない私たちが学びたいのは、時には暴言を承知で言うべきことを言う勇気と、自分の発言には責任を持つという潔さ。自分が正しいと思ったら簡単に謝ったりしないという頑固さも、程度問題ではありますが、心のどこかに持っておきたいものです。言いたいことを我慢し過ぎたり、下げたくもない頭を下げ過ぎたりするのは、平和を求めているようでいて、じつは逆の方向に向かっているケースは少なくありません。

 

見わたしてみると、あなたのまわりにも「表情が腐っているような人」がいるのではないでしょうか。口に出して非難する必要はありませんけど、心の中で見切りを付けたり反面教師にしたりすることは大切です。人ではなく、自分に関わる組織や仕組みが腐っている場合は、もう少し言いやすいはず。時には勇気を出して批判し、物議を醸してみるのも一興です。自分に直接は関係なくて声も届かない組織や仕組みにばっかり文句をつけてないで。

 

あるいは、今の自分が「表情が腐っているような人」になっているかもしれません。思い当たる節があったら、まずは現実を直視し、変えられることから変えていきましょう。腐っていることを認めず、無理にプライドを保とうとすると、さらに念入りに腐っていったり、自分ではカッコイイつもりでも外から見るとみっともない行動に出たりしがちです。徒党を組んで文句を言いに行くどっかのオジサンたちのように。

 


【今週の大人の教訓】

 

どんなことにどう文句を言うかによって、人としての器量がわかる

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