仲が良いから言いやすい? それとも言いづらい?



日本の安倍首相とアメリカのトランプ大統領の首脳会談で、お互いの親密ぶりがアピールされています。個人的な信頼関係を結ぶことができたと言っているようです。

 

 

これらの行動に対して、首相を批判する声もあります。「他国からいまだ警戒されている人物に近づきすぎるべきではない」「おべっかを使い過ぎている」「近い関係になり過ぎると厳しいことが言いづらくなる」などというものです。

 

 

確かに、一国の首相が好ましくない人物の一味と見られることも、媚びを売ったりおべっかを使ったりするような姿も好ましくないですが、だからと言って、いったい誰とどこまでいったらそうなのかという線引きは難しいところです。もう一つ、「近い関係になり過ぎると厳しいことが言いづらくなる」という点では、いろいろ考えてしまうところがあります。

 

 

例えば、会社の上司部下の関係であったとして、お互いの信頼関係によって、言いやすいことと言いづらいことはあるでしょう。ただ、込み入った問題や難しい依頼などは、ある程度の信頼関係がある相手でないと言いづらいだろうと思います。近い人に言いづらいことというのは、“相手の事情がよくわかっていて心情的にも共感しているが、それに反することを言わなければならない場合”に限られるのではないでしょうか。

 

 

これは上下関係がない友人同士などでも同じで、一方的に苦情を言ったりするような場面であれば、相手を知らない方が良いということはあるのかもしれませんが、「仲が良いから言いづらい」というのは、やはり“相手の事情がわかっているが、それに反することを言わなければならない場合”ということで、俗にいう苦言に類することになるのでしょう。ただ、苦言すら言えない間柄が、本当に「仲が良い」と言えるのかという疑問はありますし、実際には「仲が良いからこそ言える」ということの方が、比率としては多いのではないでしょうか。

 

 

確かにビジネスの世界では、力関係の強弱がはっきりした状態で近づきすぎると、「無理な要望」「一方的な要求」「断れない」ということが起こってきます。ただ、なんだかんだ言ってもそれを受け入れるということは、結局は「断らないで受け入れた方が自分たちにとっても得」という判断のもとにおこなわれていることです。

 

 

日米首脳の話に戻ると、過去に「個人的な信頼関係を結んだ」といわれたことは何度かありますが、そういう時期の方が、アメリカから厳しい要求を出されることが多かったという話を聞きました。それを警戒して「仲良くなり過ぎてはいけない」ということらしいですが、これをアメリカ側から見た場合、もしかすると「仲が良いから言いやすい」ということで、いろいろ持ちかけてきたと見ることもできます。もともとそういう戦略だったのかもしれません。さらに、それぞれの首脳が、退任後も親密に交流を続けたという話はあまり聞きませんので、立場に基づく仕事上の関係という側面の方が強かったのでしょう。本当の意味で「仲が良い」というのとは、少し違う関係だったのではないでしょうか。

 

 

「仲が良いから言いづらい」というのは、それを言わない方が得策だという判断のもとであり、本当に損することが見えるなら、お互いの距離感を調整すればよいことです。また、その距離感というのは、初めから遠い関係のままでは、調整も何もありません。そう考えれば、とりあえず入り口では仲良くなることからお互いの関係を作っていけばよいことでしょうし、私は「まずは近づいてみた方が、その先の選択肢を増やすことができる」と思います。

 

 

「仲が良いから言いやすい」は本当に言葉のままであり、逆に「仲が良いから言いにくい」は、近づいてみたら思っていた関係とは違ったということで、それは後から見直せばよいことです。

 

 

いずれにしても、まずは人間関係の距離を縮めてみないと、その次の段階には進むことができません。政治でもビジネスでも、まずはお互いに近づいてみることがスタートで良いのではないかと思います。

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