性犯罪者の実名報道は当然!? 無職の児童ポルノ男とわいせつ東大生、最大の問題とは?

 

今年5月の後半、埼玉県内のホテルで当時17歳の少女とのみだらな行為をスマートフォンで撮影し、映像を保存したとして24歳の無職の男が児童ポルノ法違反の疑いで逮捕され、その模様がテレビなどで実名と顔を伏せられることなく大々的に報じられた。同容疑者はインターネットの音楽アプリを通じて知り合った少女を「ライブイベントを観に行こう」という口実でホテルへと誘い、「後で(写真を)自分で見返すために撮った」と容疑を認めているらしい。

 

贔屓のアーティストのライブを観に行くつもりが知らぬ間にみずからライブしちゃいました……という端から見れば、にわか信じがたい事の顛末であるが、当事件が当局に(おそらく)少女側から漏れてしまったということは、容疑者側になんらかの度を過ぎた“強引さ”や“嘘”があったのだろう。

 

ところが、今回のこの“さらし首”的報道に、少なからずのネット住民たちから、こんな声が上がっているのだという。

 

「これくらいのレベルで顔出しってかわいそうじゃないですか? 一方で、たとえば東大ヤリサーの連中が実名報道されないって、どうなんでしょう? 24歳の無職は実名で、東京大学現役学生は匿名……なんか悪意を感じちゃいます」

 

取り急ぎ、私が6月6日の時点で把握している、ヤリ玉に挙げられた「東大ヤリサー事件」のあらましを簡単に整理してみたい。

 

わいせつ容疑で逮捕されたのは「東大誕生日研究会」なるインカレサークルの主要メンバー。逮捕された東大生らが性交や乱痴気騒ぎをすることを目的に今年4設立した、いわゆる“ヤリサー”である。主犯格の東大工学部4年・松見謙祐容疑者(22)らは、5月10日に池袋の大衆居酒屋で飲み会を行った後、メンバーの自宅マンションに21歳の女子大生を連れ込んで犯行に及んだ。(出典:デイリー新潮)

 

事件発覚当初は,松見容疑者のみしか名前が報じられず、「なぜ?」「親の圧力?」などの声がネットであがっていたが、『週刊新潮』(6月2日号)で犯行内容や他メンバー(4人)のプロフィールなど、かなりの詳細が掲載されている。

 

松見容疑者は被害女性に殴る蹴るの暴行を加えた上、カップラーメンの汁を彼女の頭にかけたり、とやりたい放題だった。また、最後には女子大生の局部にドライヤーで熱風を浴びせかけ、それに耐えかねた女子大生は、ブラジャーを部屋に残し、Tシャツとズボンを着て泣きながら部屋を飛び出した。(出典:週刊新潮)

 

結局『週刊新潮』でも現行犯逮捕された松見容疑者以外は名前が伏せられていた。なぜなら、被害者・加害者とも酔っていて記憶があいまいな部分が多く、後から逮捕された4人のうち3人は容疑を否認しているため……のよう。

 

以上、「そこまで簡単にダマされる方も悪い」「そこまで泥酔するほどに飲む方も悪い」といった“女子サイドの危機管理の甘さ”を指摘する向きこそあれど、どちらの事件も“男の腕力的な優位性”をカサにかけた、卑劣な事件であることに間違いはない。

 

しかし、前者の事件の被害者が「(当時)未成年」であったこと(たまたま逮捕当日に他に大事件がなかったというタイミングも?)、対する後者の事件は現行犯逮捕された主犯以外が現時点で「4人のうち3人は容疑を否認しており、被害者・加害者とも酔っていて記憶があいまいな部分も多い」ことから冷静に考えると、残念ながらこの“一見不公平な感じ”は至極真っ当な判断だといわざるを得ない。実際、松見容疑者以外の4人組の実名もネット上ではガッツリ調べ上げられ公開されているわけだし、事件を巻き起こしたのが日本トップレベルの頭脳を持つ東大生だからこそ、話題性を鑑み『週刊新潮』も本格的な後追い特集を組んで、結果として世間の注目を一心に浴びるハメとなったわけだから、加害者側が受けたダメージにそこまでの大差はない……というのが私の個人的な見解だ。

 

そんなことより、むしろ今回の一連の事件で問題とすべきなのは「もうイイ大人である容疑者たちの“後フォロー”といった概念の希薄さ」だと私は考える。前者の場合は「ハ○撮り」を強行さえしなければ、後者の場合は「カップラーメンの汁を頭にかけたり、局部にドライヤーで熱風を浴びせかけたり」さえしなければ、つまり容姿者側に“相手を気配る優しさ”が一片でも残っていれば、もしかするとこれらの事件は単なる「よくある男女間の諍い事」で済んでいて、こうやって世に出ることもなかったのではないか?  

 

仮に、「セフレ」という貴男にとって都合の良い関係の女性がいたとしよう。そして、その“良好な関係”を一日でも長くキープしておきたいなら、たまにはヤリ終えてから一緒にゴハンでも食べに行くくらいのきめ細やかなフォローを(相手が頑なにそれを拒まないかぎりは)怠らないことが重要なのである。

関連記事