叱らない親や上司に育てられた若者は、幸せになれるのだろうか?

人間関係

 

■厳しいことを言わない上司、親

 

いまは、やさしい人が求められ、やさしくない人は敬遠される時代である。マーケティング・リサーチ企業マクロミルが2011年に25~39歳の未婚男女を対象に実施した「結婚と恋愛に関する調査」(有効回答数500名)によれば、「結婚相手に求めるもの」(複数回答)として、男女とも、とくにやさしさを重視している。

 

会社でも口うるさい上司は疎まれるし、昔はよくみられた厳しい父親も、減少傾向にあるという。しかし、やさしい上司だと言われている人と話してみると、「いや、正直言って、めんどくさいからうるさく言わないだけですよ」と声をひそめながら本音を漏らしたりする。いまは下手に部下に対して厳しいことを言うと、人事部に「あの上司はパワハラ上司です」などと訴えられるリスクがある。ゆえに、自らの保身のために、厳しいことを言わない上司が増えているようだ。また以前と比べると、1人当たりの仕事量が増え、厳しい人事評価にもさらされ、自分のことで精いっぱいになり、部下をどうこうしようなどといったことは考える余裕はないという人も少なくない。

 

親も同様である。子育ての負担が重くなり、子育てに疲れてしまった親、あるいは子どもに嫌われなくないと考える親が、近年盛んに推奨される「ほめる子育て」「叱らない子育て」という言葉に飛びついたのではないだろうか。嫌われ役を買ってまで叱るのは疲れるものだ。「いや、子どもをうっかり叱るとトラウマになり、取り返しのつかないことになる。だから叱らないのだ」と考える人も多い。だがもしそれが本当なら、叱ってばかりの時代には、そこらじゅうの子どもが心の傷を負い、傷つきすぎて前向きに生きる力に乏しい大人になっていたはずだ。

 

しかし、どうみても今のようにやたらほめない厳しい時代の方が子どもも若者もたくましく、子どもを傷つけない子育てが流行ってからの方が、ちょっとしたことで傷つきやすい子どもや若者が多くなったように思う。それは、学校を見ても、会社などの職場を見ても、明らかだ。

 


■「見下され不安」を抱える若者たち

 

そうなのだ。傷つかないようなやさしい言葉ばかりかけていたら、無菌室で培養されるようなもので、厳しい現実に対する抵抗力がつかない。事実、叱らない子育てによって、ちょっと注意されただけでへこんでしまう、打たれ弱い子どもや若者、傷つきやすい子どもや若者が着実に増えている。


 
会社に入っても、上司や先輩から注意されるとひどく傷つき、逆ギレしたり、ショックのあまり翌日から休んでしまう若い世代の増加が深刻な問題になっている。さらに彼らは、「見下され不安」を抱える傾向にある。見下され不安とは、軽く見られるのではないか、バカにされるのではないかという不安である。見下され不安があるために、上司からのアドバイスを受けても、「あの上から目線にムカつく」というようなことになってしまうのだ。役に立って助かると思うよりも、目線にムカつく。近頃は、このような見下され不安を抱える人が多いために、部下や後輩を鍛えようとする上司や先輩がやりにくくなっているのである。

 

なぜ見下され不安を抱える人が増えているかといえば、ほめて育てる風潮の中で、家庭でも学校でも上から目線によって厳しく導かれ鍛えられることがないため、レジリエンス(心の復元力、つまり一時的に傷ついたり落ち込んだりしてもすぐに立ち直る力)が乏しく、自己肯定感が低いからである。本当の自信が育っていないから、すぐに傷ついたり、ムカついたりするのだ。こんな若者が増えると、ますます叱ることが難しくなってしまう。

 

そして、だれもが傷つくことを恐れるようになり、自分が傷つきやすいため、人を傷つけることを何としても避けようとする人が増えてきた。現代では、そのような人が「やさしい人」だと見なされる。

 


■本当の「やさしさ」とは?

 

しかし、そのような「やさしさ」が、本当の優しさだといえるのだろうか。

 

自分の学校時代を思い出すと、とりわけ印象深いのは、めちゃくちゃ厳しかった小学校中学年のときの担任の先生だ。その先生は、
「お前たちも20歳になる頃にはワシに感謝するはずだ」
などと言いながら、やたら厳しく接してきた。そのときは、厳しさに脅えながら、
「感謝なんてするわけないだろ!」
と思っていたのだが、20歳どころか15歳の頃には、もう感謝していた。あの厳しさがなかったら今の自分はない。中学生のときに、すでにそう思い、心から感謝していた。

 

こちらの思いが通じず、相手が傷つき、こちらを恨むようなことになるかもしれなくても、相手のためだと思うなら、あえて厳しいことも言うし、厳しい課題を課すこともする。その結果、自分が嫌われても仕方ない。それが最終的には相手のためなのだ。そのような姿勢を取れる人が、ほんとうのやさしさをもつ人と言えるのではないだろうか。そしてそのやさしさに、後から気づいたとき、人はとても幸せな気分に包まれる。

 

【関連書籍】

『』(PHP研究所)

 

 

関連記事