【今週のTOKYO FOOD SHOCK】多様化ゆえに課題も…「食フェス」ブームの未来は?

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常日頃から硬軟自在なネタを縦横無尽に振ってくださるcitrus編集部のご担当さん、いや今回もなかなか歯ごたえのあるお題をいただきました。以下のネタであります。

 

『「グルメンピック」を企画した大東物産(株)の「破綻の構図」』
(http://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20170310_02.html)

 

……。いやいやいやいや! 警鐘も最後に鳴らしているし、時間や手間のかかったこの取材記事について、僕が付け加えるべきことなんてないでしょう。あとは債権者の被害が少しでも軽くなるよう、祈ることくらいです。

 

以前、熟成肉についての原稿で「すべてのブームはまがい物を生み出す」と書いたことがあります。言い換えれば、日本の「食フェス」もまがいものが可視化されるレベルのブームになったということで、ここからが正念場ということになるのでしょうか。

 

振り返ってみると、日本にはこれまでおおむね3つのタイプの「食フェス」がありました。

 

 

1.祭り、縁日、市における出店

 

 

日本における「食フェス」の原型とも言えるのは、寺社の境内等で行われる「縁日」でしょう。もともとは神仏との「有縁(うえん)」の日――神仏にゆかりのある祭祀や供養が行われる日を指し、この日の参詣はいつも以上のご利益があると信じられていました。参詣客が押し寄せるので、もともと参道にあった茶店のほかに、飴売りなども出店するようになっていきます。その後、寺社は積極的に縁日や祭りを開催し、出展者から売上の一部を場所代としておさめてもらうように……。

 

まさしく「食フェス」の仕組みです。違うのは、「縁日」は人が集まるところに出店者を募り、「食フェス」は人が集められる出店者を募る。客にとっての動機やブランド価値の置きなどは異なりますが、人の集まる場所で店(≒出店料)を募るという手法は変わりません。

 

最大の違いは、主催者の性質でしょう。現代の「食フェス」はイベント会社など民間の団体が主催する以上、営利目的の経済活動になります。しかしその昔の「縁日」は地域コミュニティの核として機能していた寺社が胴元で、出店料は寺社の修繕や維持管理にまわしていました。「縁日」にまつわる寄進は、地域コミュニティの中心地である寺社を支える原資でもあったのです。

 

 

2.百貨店等の催事

 

 

近代における「食フェス」の端緒といえば1966(昭和41)年に京王百貨店で始まった「第1回有名駅弁と全国うまいもの大会」でしょう。戦後の「食うや食わずや」から脱却し、高度成長期のまっただ中。明治中頃から昭和初期にかけてブームになった「レジャーとしての食」を取り戻し始めた頃です。

 

「京王の駅弁大会」が始まったのは、日本の「外食元年」と言われる1970年よりも前のこと。まだ「中食」という言葉もない頃に、全国の有名駅弁が一堂に会するという、当時にしては夢のような企画だったと思われます。実際、京王百貨店のオープン自体、その前年ですから、百貨店側の気合の入れようも尋常ではなかったことでしょう。現在ほど輸送交通網が整っていないなか、北海道森駅の「いかめし」、群馬県横川駅の「峠の釜めし」、岡山県岡山駅「祭ずし」など全国から23の駅弁が集められ、10日間に渡って開催されました。

 

ランキングも発表される対決形式で、第1位は鳥取県鳥取駅の「かに寿し」、2位に栃木県黒磯駅の「九尾の釜めし」、3位に鳥取県鳥取駅「えびめし」だったといいます。現在の販売個数ランキングは実演販売の分のみとなっていますが、当時は輸送駅弁も含めたランキングだったとか。

 

ちなみに第1回で4位だった北海道函館本線森駅の「いかめし」は、翌1967(昭和42)年の第2回で初めて1位に。以降1位がすっかり指定席となり、その名を全国へと轟かせています。「駅弁祭り」という催事は自店への集客だけでなく、駅弁自体の人気・文化の発展にも一役買っていたとも言えるのです。

 

 

3.近代型「食フェス」

 

 

そしていよいよ近代型の「食フェス」です。大規模な屋外型のイベントとしては2000年に始まった「タイフードフェスティバル」(※現在は「タイフェスティバル」に改称)もひとつの転機でしたが、やはり大きな転換点は「B-1グランプリ」でしょう。

 

2000年頃から、全国各地域で「ご当地グルメ」を旗印に町おこしを行う機運が盛り上がり、2006年に青森県八戸市で「B-1グランプリ」としてスタート。第1回は全国から集まった10の出展者から、静岡県富士宮市の富士宮焼きそばがグランプリを獲得し、翌年以降の「B-1」大ブレイクへとつながっていきます。

 

「B-1」以降、食フェスの躍進はめざましいものがあります。最近では世界各国のイベントも当たり前のように開催されるようになり、国内の「食」にしても肉関連のフェスはもはや定番。つけ麺やうどんなどの麺類のイベントもにぎわっていますし、日本酒、焼酎など各種お酒のイベントも活況を呈しています。ドイツで9月から10月にかけて開催されるビールのお祭り「オクトーバーフェスト」などは年中どこかで開催されるほど浸透しています。

 

その昔の祭りは「縁日」として地域コミュニティを円滑に運営するためのひとつの装置でした。それが戦後、食ビジネスと地域文化の発信を結びつけた百貨店の「催事」という形で都市部を中心に定着。そして現代では、食や酒の向こう側にある、地域や国の文化を感じながら「フェス」形式で盛り上がる。今日もどこかの空の下で、多様な切り口の「食フェス」が盛り上がっているはずです。

 

多様になったがゆえ、課題が可視化されるようになったのも事実でしょう。「グルメンピック」騒動などは、まさに「ブームが生んだまがい物」の構図そのもの。好調と見るや、どこからともなく「ウヒヒ」とほくそ笑む何かが寄ってくる。それが世の常ではありますが、こと「食」においては、作り手、食べ手ともにゴールは「おいしい!」であってほしい。そんな願いを込めて、本日も夜の試食に繰り出してまいります!(今日は大衆中華!)

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