「なぜ教師の性犯罪が後を絶たないのか?」に対する批判への反論

ライフスタイル

宮本 毅

 

タイトルが挑戦的なため、いつもよりもリアクションが大きかったのですこしまとめておきたい。

 

服装についての記述に対する批判がやはり多かった。ヒトは自分の服装についての趣味・嗜好に対して、他人からとやかく言われることを嫌う。服装にアイデンティティを求めている人が多い証拠だろう。

 

子どもに短いスカートをはかせるな、とか、学校ではジャージを着させるべきだ、という主張は、四六時中そういう恰好をしていろ、という意味では決してない。TPOが大切だ、と言っているにすぎない。お葬式に短いチェックのスカートをはいていくものはいないだろう。それと同じで、行く場所によって服装は使い分けるべきだ、と主張しているのだ。

 

実際、学校内ではジャージを着用させている公立中学は存在するし、制服についてもスカートとパンツを選択できる学校もある。好きな子とのデートや友だちと行くディズニーランドにはもちろんおしゃれをしていったらいい。

 

それから「被害者側にも責任がある」という主張にも批判が集まっていた。服装に絡めて論じていたため、こちらにも多くの人が反感を持ったのであろう。

 

よく考えてみて欲しい。なぜヒトは外出するときに家に鍵をかけるのか。車を離れるときにロックするのか。犯罪被害に遭わないための用心で、そのような行動を取るのであろう。性犯罪に対しても同じことだ。それに対して警鐘を鳴らすことを批判されるいわれはない。

 

では逆に聞くが、男性なら娘や恋人が、深夜の裏通りを一人で歩く際、短いスカートをはいていたとしたらどう思うのか。「そんなかっこで歩くんじゃない」と伝えるのではないか。女性なら自分自身が、そのような格好で歩くことに何の抵抗も感じないのか。私なら大切な人には、おしゃれよりも自分自身の身の安全を最優先に考えて欲しいと願うだろう。

 

 

偏見に満ち溢れている、という趣旨の意見もあった。偏見とは客観的事実に基づかず、特定の個人や集団に対していだく非好意的な先入観や評価のことをさす。

 

まず犯罪発生率については、本文に客観的データを示している。これに対して「発覚しやすさの差」を指摘した人もいたが、逆に生徒が被害者の場合、かえって名乗り出にくいのではないか。とするとむしろ教師のわいせつ事案の方が潜在的なものが多く存在する可能性がある。

 

また私が「ボディータッチをする教師はロリコンである」という発言をしていると誤解している人も多いが、そうではない。「ボディータッチをしてくる教師がいたら注意せよ」と主張しているにすぎない。あなたのお気に入りの先生、あるいはあなた自身をロリコンよばわりしているわけではない。これはあくまでも私の経験則だ。経験則は、確かに科学とは異なるが、重要な判断材料となりうるものだ。実際に学校内で性犯罪は起きているのだ。

 

2015年4月8日、滋賀県東近江市で、25歳の中学講師の男が教え子の中学生に、校舎内でわいせつな行為をしたという容疑で逮捕された。2015年4月17日、山口県の県立高校教諭である40歳男が、校舎内で女子生徒にわいせつな行為を繰り返したとして懲戒免職処分となった。このように教師によるわいせつ犯罪は枚挙にいとまがない。

 

あのような記事を書けば、様々な批判があるのは当然だと思うし、むしろたくさん批判してもらえることはうれしいことである。何かを考えるきっかけとなればと願っている。

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