【オトナの社会科見学】開発陣の理想をカタチに!マツダ ロードスター“工房”探訪

車・交通

 

クルマを“開発すること”と、それを“製造すること”との間には、実は大きな壁が存在します。

 

製造上の都合から、設計そのものを変更するケースも珍しくありません。簡単にいえば、いくらカッコいいデザインが出来上がったとしても、それを工場で作れなければ、デザイン変更もやむなし、というのが常識。

 

そんな、これまでのクルマの世界の常識を覆し、設計やデザインがほとんどそのまま、製造、そして市販へとこぎつけたレアケース。それがマツダの「ロードスター(ND型)」なのです。

 

そんなことが、どうやって可能になったのか? その秘密を、マツダの本社宇品第1工場からレポートします!

 

 

■職人のワザが軽快な走りと美しいボディを生む

 

突然、個人的な話で恐縮ですが、私、小料理屋に入るとカウンターに座るのが好きなんです。手元をつまびらかに披露してくれる板前さんは、もっと好き。隠すことは何もないという、無言の自信とプライドを感じますね。

 

NDロードスターの開発主査を務められた山本修弘さん(現・開発主幹)の話を聞きに広島にあるマツダ本社を訪問した時、「せっかくだから、工場の生産ラインを見学していってください!」とのお誘いを受けました。お断りする理由はありません。カウンターの奥、見てみたいですからね。

 

 

<製造現場の秘密1>

サスペンションの“全数検査”はロードスターの常識

 

最初に案内されたのは、サスペンションの組み立て工程。脚はロードスターの命ですからね。

 

ロードスターというクルマは、コーナーに進入する際のブレーキングで荷重が前輪方向へと移り、ステアリングを切るとまずフロントがロールし、それからリアがロールするという姿勢変化にこだわっています。

 

そのため、サスペンションを構成するジオメトリーが大切なのですが、ダンパーの減衰特性もとても大事。フツーのクルマではスルーしがちなシビア領域にまでこだわりチェックしています。

 

組み付けているオペレーターの方は、背筋がピンと伸びていて、こちらをチラ見することなく、どこか職人のような風情があります。多くを語りませんが(いや、ひと言も)、手際の良さにプライドがにじみ出ています。

 

 

ダンパーのシャフトを縮めてからスプリングなどをセットするのですが、ここにブレイクスルーがありました。ダンパーを縮めるのに使う圧縮マシンに計測機能を組み込んで、縮めるついでにダンパーの減衰特性も測っているのです。

 

 

ダンパーを組み付ける際、縮める工程は必須ですので、つまり全数をここでチェックしているわけです。

 

ここでOKが出たものだけが車体に組み付けられるので、納車されるロードスターは、開発陣が狙ったとおりの挙動が再現されている、というわけ。

 

「どうだ、すごいだろう」。オペレーターの方の背中がそう語っているようでした。

 

 

 

<製造現場の秘密2>

現場も「やねこい!」とさじを投げかけたアルミ製ボディパネルの成形

 

「やねこい」とは広島弁で、「難しい」という意味。

 

“魂動デザイン”はいまや、マツダのアイデンティティとして広く支持されていますが、フォルムはもちろん、ディテールも凝ったロードスターの造形は、実はボディパネルを作る製造現場泣かせなのです。しかもその素材には、アルミが多用されています。

 

 

「ガコンッ! ガコンッ! ガコンッ!」

 

巨大なプレスマシンの稼働音が響きわたるエリアに入ると、通路や階段に滑り止めが施され、安全への配慮や注意がいたるところに散見できます。加工前のシート状の材料に潤滑油が塗布してあるので、その油で滑らないように、という配慮です。転ばないように気を付けて進みます。

 

ここで紹介されたのは、進化したデジタル技術と、成形の匠が持つアナログな感性による、巧みな連携プレイでした。

 

デザイナーとモデラーが一丸となって削り上げたクレイモデルを原型に、プレスの型具を作らなければなりません。ロードスターが多用するアルミは、鋼板に比べると成形が難しい。しかも、平らな板を型具で押して変形させた時、“スプリングバック”といって元のカタチに戻ろうとする性質が強く、また、伸びにくいくせに、一旦伸び出すと急激に伸びていく……。実にやっかいなアルミさん。

 

仮に、ロードスターのフロントフェンダーのようにダイナミックな形状に加工しようとすると、簡単に破れてしまったり、シワが寄ってしまったりするのです。

 

「だからもう、アルミじゃなくて鉄で作ろうよ!」

 

現場からは、そんな声さえ挙がったそうですが、アルミのボディパネル抜きにして、最新のND型ロードスターの軽量化は実現不可能でした。

 

 

そこで、この問題を解決するため、仮想工場の中で段階的にプレス加工をするシミュレーションをフル活用したのです。ただしそのシミュレーションは、基本的に鋼板のためのものであって、アルミで複雑な造形を成立させた前例はなかったのだとか。

 

このデジタル技術を活用することで“いいところ”までいったのですが、シミュレーションで得られたデータどおりにアルミをプレスすると、最後にシワが残ったり、部分的に薄くなってちぎれたりといった不具合に直面したのです。

 

そこで登場したのが、製造現場にいたプレス金型の匠。シワなどの不具合が発生した部分の金型に触れただけで、金型のどこを削り、その表面の滑らかさをどのように変えれば上手くいくか、それを、長年培ってきた感性だけで修正してみせたというのです。

 

人間の感性だけでそんなことが可能なの? その匠は、5ミクロンの差であっても、手で触れるだけで感じとれるのだとか。まるで人間ノギス(精密な計測器)ですね。

 

ちなみに、ロードスターの金型は、一般的な鋼板の金型と比べて、3倍もの時間をかけて完成したのだとか。その甲斐あって、デザイナーとクレイモデラーが生み出したそのままのデザインで、ロードスターは市販化へとこぎ着けられたのです。

 

 

 

■コストアップを避けるべく現場も智恵を絞る

 

<製造現場の秘密3>

ロードスターの艶やかでなめらかな塗装の裏に匠のワザあり

 

そして、塗装ブースへ。

 

塗装工程は小さなホコリを嫌うので、専用のウエア、シューズに着替え、帽子を被って見学します。エアジェットのシャワーを浴びて服に付いているホコリを吹き飛ばした後、塗装のクリーンブースに入りました。

 

ガラス張りのトンネル内を、塗装前のボディがコンベアで流れています。初めに、ボンネットの裏側やフューエルリッドの内側など、細部に塗料を吹くのは、職人さんのお仕事。

 

 

その先には、塗料のボトルを装填したスプレーガンを持つ、ロボットのアームが待ち構えていて「ブシャー、ブシャー」と手際よく塗装が進みます。実はこの工程において、ロボットは塗装の平滑と光沢を両立しているのだとか。

 

 

なめらかなのに光沢がある塗装。当たり前のようですが、これが案外、難しいテーマなのだとか。それを実現するために導入したのが“匠塗り”という技術。つまり、塗装の達人の塗り方をロボットに置き換えたわけです。

 

ロボットなら、動作の狂いもなく反復してくれるでしょうから余裕…と思っていたら、実は違いました。塗装の達人は、毎回微妙に調整しながら塗っているので、同じ動きを繰り返しているわけではないのだとか! 達人が何を感じて、何を調整しているのかを分析し、その調整をも再現したロボットが塗っているというわけなのです。なるほど。

 

しかも、ロードスターのイメージカラー=いまやマツダブランドを象徴するソウルレッドです。これは、3層に分けて塗装するカラーで、最初に塗る層に微細なアルミの板を混ぜているのですが、なんと、このアルミの板の向きをそろえることで、独特の鮮やかさと深みを出しているのだとか。

 

 

塗り終わると、今度は乾燥炉で焼き固めます。こうして、あのソウルレッドの光沢となめらかさが表現されているのですね。

 

 

<製造現場の秘密4>

ロードスターの組み立てプロセスに独自のアイデアを投入

 

そして最後に通されたのが、組み立てプロセス。ここでは、徐々に組み上がっていくロードスターの姿を見られるとあって、気分が上がります。

 

 

マツダの組み立てラインは、いくつかの車種を同時に流し、組み立てられるという柔軟性がウリ。それもあって、組み立てラインにはロボットよりも、人の姿が思っていた以上に見られます。実のところ、生産ラインの自動化を何がなんでも追求するのではなく、適宜、人の手に委ねるというのが昨今のトレンドです。

 

だからこそ、組み付ける人の負担をいかに取り除くか? これが大きなテーマなのですが、ロードスターの場合、生産現場から生まれてきたアイデアを投入することで、より快適に、より正確に、より無駄なく組み付けられるようにしています。そんなアイデアを具現したのが、下の写真の右側に見える“台車”です。

 

 

ラインを流れてくるボディに淀みなくパーツを組み付けるには、組み付けるパーツそのものを「いつ」「どのようなタイミング」で受け渡せるかがカギになります。

 

この台車には、1台のロードスターに組み付けられる分のパーツがところ狭しと載せられています。一見、無造作に並んでいるようですが、実は高さ、方向など、手を伸ばしてパーツをつかんだら、スムーズに組み付ける場所へ持っていけるよう熟考されています。

 

 

で、どんどん組み付けていくと、ついに台車の反対側にあるパーツを取らなければならなくなります。かといって、ラインから離れ、わざわざ台車の反対側に回っていたら、無駄な時間と労力が生まれてしまいます。

 

どうするのか?

 

固唾を飲んで凝視していると、『機動戦士ガンダム』のガンタンクの上半身だけが180度旋回したような格好で、台車のベースから上だけが回転し、反対側にあったパーツ群がライン側へ向いたのです(下の写真は、台車の上半身が回転している最中の画)。

 

 

ほほう。電動モーターを組み込んで回してるのか、ナイスアイデア! アタマいい!!

 

実は、違います。

 

たくさんある台車にモーターを組み込み、それを制御する装置を用意したのでは、莫大なコストアップになってしまいます。実はこの台車の台座から上はフリーで回転するようになっていて、さらに、アームが取り付けられています。旋回させたい場所にはフックが設置されていて、このフックにアームが引っかかり、自然に台座の上部が回転するようになっていたのです。

 

これ、すべて現場から出てきたアイデアなのだとか。お金をかけず、効率の良いプロセスを完成させているというわけです。アルミボディという高価な仕様のロードスターがアフォーダブルな価格で提供されるのは、こういった工夫の集大成なのかもしれません。

 

そういうこともあり、ロードスターを作っている工場(前述した山本さんは工場といわずに“工房”という)で働く皆さんは、どこか誇らしげ。そりゃそうですよね。街中でロードスター見かけたら、「あれ、オレが作ってるんだぜっ!」って、家族や友人に自慢できますもの。

 

ロードスターはクルマだけでなく、作っている現場もアッパレなのでした。

 

 

(文/ブンタ、写真/江藤義典)

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