いじめの加害者への批判がないのはなぜなのか?

あってはならないことでしょうし、二度と起きてほしくない。人としても、人の親としても。

 

 

いじめられているサインをきちんと送っているにも関わらず、ある意味、担任教師が無視。これでは子どもが何処に相談してよいか分からなくなるのも当然。

 

「生徒殺人学校」「許し難い事件」「担任の見殺し自殺も同然」と言われても仕方がないのかも知れません。仕方がないのかもというより、当然なのかも知れません。

 

ただ、学校に対する批判、担任に対する批判と同等に、加害者への批判があっても良いのでは?

 

もちろん、担任も学校も加害者なのかも知れません。加害者として批判されて当然なのかも知れません。ですが、直接的な加害者には批判なし?

 

 

芸能人や著名人の犯罪は見せしめの為に大々的に報道されると聞きます。いじめの加害者はどうなんですかね?

 

別に本当に晒す必要もないのでしょうが、いじめが発覚した場合には「顔写真等が公表されても異議申立てを受け付けない」と謳うだけでも抑止力になりませんかね?

 

二次的な加害者が担任や学校ならば、一次的な加害者がいなくならない限り、こういう問題は形を変えて再びやってくるのでしょう。

 

ただ、周りの人間に自殺されると、言葉では表現できない傷が心には残りますけれどもね……。

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