高校野球の「文武両道あり得ない」発言に賛否。“外野”に求められる正しい姿勢とは?

 

第99回全国高校野球選手権大会の2回戦で、三本松(香川)に敗れた下関国際(山口)を率いる坂原秀尚監督(40)の「文武両道あり得ない」発言が、大きな波紋を呼んでいる。

 

一見すれば、なかなかに過激な極論ゆえ、その発言意図やニュアンスを誤解のないようなるべく正確に掴むためには、をゼヒとも熟読していただきたいのだが、要は

 

「『一流』というのは『一つの流れ』。例えば野球ひとつに集中してやるということ。文武両道って響きはいいですけど、絶対逃げていますからね。東大を目指す子が2時間の勉強で受かるのか。10時間勉強しても足りないのに」

 

……といったポリシーをもって、荒れに荒れていた下関国際野球部を「朝5時からの練習」「携帯電話は入部時に解約」……ほか“自主性”を全面否定した半強制的な教育で立て直した同監督から、“楽しい野球”に対する反骨心を象徴する

 

「僕ね、『文武両道』って言葉が大嫌いなんですよね」

 

……という、メディア側にとっては、じつにオイシイ台詞を引き出した流れとなっている。

 

たしかに、今年の夏の甲子園にも「球児たちの自主性を重んじ、勉強もおろそかにせず楽しく野球と向き合っている進学校」が数校出場しており、県下で屈指の公立進学校として有名な彦根東(滋賀県)にいたっては、2回戦進出の快挙を果たしている。

 

たしかに、文武両道を謳う進学校が一発勝負の地区予選を運良く勝ち抜き、甲子園でもトーナメントの組み合わせにより1回戦・2回戦くらいを突破することは十分にあり得るケースだったりする。

 

そして、“外野”の人たちは、そういう筋書き、ストーリーが大好物で、とくに判官贔屓的な思考の強い日本人は「学生の本分を忘れず勉学に勤しみ、部活として自主的に野球“も”楽しんでいる子たちが、野球漬けの毎日に明け暮れるセミプロ軍団を打ち負かすどんでん返し」の爽快さに惜しみない拍手を贈る。

 

ただ、文武両道の進学校が甲子園のベスト4まで勝ち残ったり、そこに所属する部員からドラフト候補が出てくるケースが稀なのも、また現実であり、どっちが正しくて、どうあるべきかは、それこそ学校ごとの“自主性”、個性に委ねるべき問題なのではなかろうか。

 

そもそも、高校野球はアマチュアスポーツであり、(もはや建て前でしかないが)あくまで原則としては、プロ野球のような“興業”ではないのだから、我々“外野”は「観てやっている」ではなく「観させてもらっている」といった謙虚さもって接してあげたい。

 

「やれどこどこの高校は偏差値が高い」だとか、「やれどこのどこの野球部は全国から野球エリートを寄せ集め、地元出身の子は一人もいない」だとか……そういう“余計な情報”に踊らされながら野球を楽しむなら、せめて“ひっそり”とやるのが高校球児への思いやりだと私は考える。すなわち、大人しくテレビに映る球児たちのパフォーマンスだけから戦力を分析し、こそこそとトトカルチョに興じたりするのが“案外”正しい姿勢なのである。

 

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