【今週の大人センテンス】平昌パラ金メダリストの心に響く名言をもう一度!

写真:中西祐介/アフロスポーツ

巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

 

第90回 大人力リンピックをふたたび開催!

 

「最高の気分です。完璧。アスリート成田緑夢に『良くやった』と言ってやりたい」by成田緑夢(スノーボード男子バングドスラローム金メダルほか)

 

「その時にはもう、トップかどうかよりも、そこでイルカ選手のゴールを待っていたかった。ぼくは『お疲れさまでした』と彼に言いたかった」by新田佳浩(クロスカントリー男子10kmクラシカル金メダルほか)

 

「用具の関係者の方々、支えていただいているみなさんに関わることができて、人間性も成長して、どんどん強くなっていった大きな4年間でした」by村岡桃佳(アルペンスキー女子大回転金メダルほか)

 

【センテンスの生い立ち】

平昌オリンピックに続き、3月9日~18日の10日間にわたって平昌パラリンピックが開催された。日本勢は38選手が出場し、計10個(金3、銀4、銅3)のメダルを獲得。結果に関わらず、どの選手も熱いプレーや思いのこもった発言を通じて、テレビの前の私たちにたくさんの感動を与えてくれた。オリンピックに続いて、今回は3人の金メダリストが発した言葉に着目して、たいへん僭越ながら、ふたたび「大人力リンピック」を開催したい。

 

【3つの大人ポイント】

  • 結果をつかんだ喜びのおすそ分けをしてくれている
  • 支える側と支えられる側の絆の強さが伝わってくる
  • 「健常者」の無意識の思い上がりに気付かせてくれる

 

パラリンピックは、オリンピック以上に「人間の可能性」というものを見せつけてくれます。大前提ですが、障害者はけっして「かわいそうな人たち」ではありません。パラリンピックでの選手たちの戦いを見て、「かわいそうに」とか「ケナゲにがんばっている」といった感想を抱く人がいるとしたら、目の前で起きていることが何も見えていないか、誰かを見下すことが無意識のうちに癖になっているか、そのどちらか、あるいは両方です。

 

たしかに、障害は大きなハンデです。生きていく上でさまざまな不便があるだろうし、周囲の助けが必要な場面も多いでしょう。目や心で見えている景色も、いわゆる「健常者」とは違っているかもしれません。しかし、それはあくまで個人差。「健常者」も含めて誰もが自分のできる範囲で、いろんな場面で周囲に助けられながら生きていて、それぞれに見えている景色も別々です。たとえばスキーのジャンプ競技だって、羽を持っていない鳥から見ればハンデがある人間が、自分なりの限界に全力で挑戦しているわけですよね。

 

そんな前置きはさておき、多くの苦難を乗り越えてパラリンピックに出場している選手たちの言葉は、見る者の心を激しく揺さぶります。オリンピックに続いてパラリンピックでも、感動的で大人力が高い言葉を称える「大人力リンピック」を開催するとしましょう。今回は金メダルを獲得した選手の言葉から選ばせてもらいました。全員が金メダリストなので「金・銀・銅」ではなく、順不同で全員を金にさせてください。

 

◆金メダルその1◆

「最高の気分です。完璧。アスリート成田緑夢に『良くやった』と言ってやりたい」by成田緑夢(スノーボード男子バングドスラローム金メダルほか)

 

スノーボードクロス(下肢障害)での銅メダルに続いて、今回から行なわれたバンクドスラローム(下肢障害)では金メダルを獲得した成田緑夢選手。マイクを向けられたときの明るい笑顔でも、見ている側を幸せな気持ちにさせてくれました。アスリート成田緑夢に「良くやった」と言ってやりたいのは、金メダルを獲ったからではなく、3本とも果敢に挑戦して、すべてでベストタイムを更新した挑戦的な滑りができたから。そんな気持ちは毛頭なかったでしょうが、もし3本目で安全策をとっていたら、結果は変わっていました。

 

成田緑夢は、兄も姉もオリンピック選手というスノーボード一家に生まれ育ちました。スノーボードで頭角を現わし、フリースタイルスキーに取り組んで日本代表に選ばれます。しかし、その直後の2013年4月、練習中の事故で左足の靭帯を断裂。左ひざから下の感覚を失ってしまいます。彼はそこで諦めず、過酷なリハビリを乗り越えて、世界の舞台に復帰。彼は常々、夢は金メダルではなく「パラリンピックに出場して多くの人に希望や感動を与えること」だと言ってきました。その夢は、見事にかなえられたと言えるでしょう。

 

◆金メダルその2◆

「その時にはもう、トップかどうかよりも、そこでイルカ選手のゴールを待っていたかった。ぼくは『お疲れさまでした』と彼に言いたかった」by新田佳浩(クロスカントリー男子10kmクラシカル金メダルほか)

 

クロスカントリースキー男子スプリント・クラシカル(立位)で銀メダル、男子10kmクラシカル(立位)で金メダルを獲得した新田佳浩選手。1998年の長野大会のときに17歳で初めてパラリンピックに出場して以来、6大会連続で出続けている「レジェンド」です。3歳のときに祖父が運転するコンバインに巻き込まれて、「左前腕切断」という障害を負いました。己を責める祖父に負い目を感じさせないように、彼は世界一を目指す道を選びます。それまでも世界を舞台に大活躍していましたが、2010年のバンクーバー・パラリンピックで初めて金メダルを獲得。大好きな祖父の首に金メダルをかけるという夢をかなえました。

 

上は、ゴールしたときの気持ちを尋ねられたときのコメント。ほぼ金メダルが確定していましたが、彼が結果以上に気にしていたのは、同じ障害を持ち、長年ライバルとして数々の世界大会で優勝を争ってきたフィンランドのイルカ・トゥオミスト選手のこと。今シーズンでの引退を決めていて、個人レースはこの日が最後でした。世界のトップを走り続けるためには、家族やスタッフの支えだけでなく、切磋琢磨できる良きライバルの存在が不可欠です。スポーツの素晴らしさ、スポーツが編み出すドラマを感じさせてくれるセリフでした。

 

◆金メダルその3◆

「用具の関係者の方々、支えていただいているみなさんに関わることができて、人間性も成長して、どんどん強くなっていった大きな4年間でした」by村岡桃佳(アルペンスキー女子大回転金メダルほか)

 

アルペンスキー女子滑降(座位)で日本勢第1号となる銀メダルに輝いたときに、冗談まじりで「今大会は私に始まり、私に終わる」とコメントした村岡桃佳選手。その言葉通り、アルペンスキー女子大回転(座位)での金やアルペンスキー女子回転(座位)の銀など、出場した5種目すべてでメダルを獲得しました。帰国後の会見で首に5個のメダルを下げ、笑顔で「首が取れてしまうんではないかという重さ。幸せです」と語りました。

 

出場5種目でのメダル獲得について尋ねられたときには、「技術が向上したこともありますが」という言葉に続いて、上のように答えています。「4年前には絶対に考えられなかったこと」とも言っています。「支えていただいている皆さん」への感謝の言葉を口にしているのは、どの選手も同じ。とはいえ、けっして「健常者が支えて、障害者が支えられている」という構図ではありません。支え支えられているのはお互い様です。

 

テレビの前で応援していた私たちは、パラリンピックに出場したすべての選手たちから、努力に努力を重ねて晴れ舞台に立っている姿を通じて、喜びや満足感のおすそ分けをたっぷりいただきました。オリンピックとはまた違った味わいのおすそ分けだったと言えるでしょう。そして、誰もが誰かに支えられていることや、健常者の無意識の思い上がりにもあらためて気付くことができました。深く感謝したいと思います。

 

 

【今週の大人の教訓】

「障害者」と「健常者」を分ける必要はないし、分けることはできない

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