“元お立ち台の女王”荒木師匠の「バブル懐古」発言へのギモン

 

はたして、何歳くらいまでの人たちが「あらきししょう」という名を聞いて、ピンとくるのだろう? バブル時代、ボディコン&羽根付き扇子の完全武装で『ジュリアナ東京』をはじめとする名だたるディスコで「お立ち台の女王」と呼ばれていたレジェンド──あの荒木師匠(本名:荒木久美子)のことである。

 

ハタチそこそこで「バブルの象徴」としてあらゆるメディアに登場し、まさに“向かうところ敵なし”状態だった彼女も、すでに47歳……なんだとか。そんな荒木師匠が、週刊女性PRIMEで「バブルのいい面にも注目してほしい」と、かつて“もっとも自分が輝いていたころ”を懐古するような主旨のインタビューを受けていた。とりあえず、師匠が主張する「バブルのいい面」ってヤツを以下に挙げてみよう。

 

「(ディスコでは)男性から声をかけられないダサい女の子もたくさんいました。だからこそ、少しでもチヤホヤされるためにファッションやトレンドに敏感になって、自分磨きに一生懸命になる子が多かった。一方で若い男の子たちは(中略)どうすれば女の子に振り向いてもらえるか躍起になっていた。バブルの時代って、健全な競争社会だったんですよ。えこひいきやヒエラルキーがあるからこそ、みんな野心があったしパワフルでしたよね」

 

「今の時代って、自分のことだけを考えている人が多くないですか?

(中略)バブルという超資本主義かつ競争社会だからこそ、たくましくなれた部分が多大にあります。再び日本の景気がよくなったとき、バブルエッセンスの心構えがないと無気力な小金持ちばかりになってしまいそう。手堅く攻めることが現実的とは限りません。現実を豊かにするために、野心や他者への関心を持つことを忘れないでほしいですね」

 

う〜ん……たしかに「過去から学ぶ」姿勢が、ときに重要なのは間違っちゃいないとは思うのだけれど、正直なところ、荒木師匠が指摘する「バブルのいい面」は、ほぼすべて「バブルのダメな面」だったのではないか……っていうのが私個人の考えだったりする。つまり、あえて学ぶなら“反面教師”として学ぶべき(=としてしか学べない)面……ということだ。

 

たとえば「チヤホヤされるためにファッションやトレンドに敏感になって、自分磨きに一生懸命になる子が多かった」とのくだり。これは別の見方をすれば「他人の目ばかりが気になって、自分に似合う似合わないは関係なくやみくもに最大公約数的なトレンドばかりを追いかけてきた」という解釈もできなくはない。そういった“過渡期”を(先人が)通過してきたからこそ、後の世代に「トレンドに振り回されず、自分に体型やキャラやライフスタイルに似合うモノをチョイスできる審美眼が、ようやく受け継がれた」のではなかろうか。

 

あと、「野心」といった単語がやたら目につくのも気にかかる。生きていくのにそこまで必要なのか、ギラギラに滾った「野心」ってえのは? 起きて半畳寝て一畳、天下取っても二合半──他人がどんなに派手な日常を披露していようが、それを相対的に捉えることなく「自分は自分、人は人」と、「スピードの出るクルマを好む者だけがフェラーリに憧れる」当たり前の感性が、やっとナチュラルなかたちで日本人のあいだにも育まれはじめてきたのも、やはり“バブルの徒花”のひとつではなかろうか? そして、それにプラス「自分の趣味を充実させたり、老後の心配を解消するため」、ちょっとだけの気力をもって「小金持ち」を目指すのは決して悪いことではなく、むしろ良いことではないのか。必要なのは、他者を出し抜く「野心」を支える「たくましさ」ではなく、個人主義を堅守する「しなやかさ」だと私は言いたい。

 

ちなみに、私の友人である、某一流企業で部長の役職に就く40代独身男性は、今でも家賃8万円の借家に住んでいるらしい。

 

「そりゃあ、結婚したら家くらいは買うかもしれないけど、現状では一人暮らしなのに広くて豪華な部屋に住んでも意味ないでしょ」

 

まさに目からウロコが落ちる珠玉の金言! この「同世代の平均的な生活水準に目もくれないひょうひょうとした頑固さ」をぜひとも私は見習いたい。

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