「臨床宗教師」が“死ぬ”ことへの意識を変えてくれるかも

ヘルス・ビューティー

 

未来がどうなるのか、私たちにはわかりません。無理だと思ったことが実現できて喜んだりすることもあれば、できると思ったことが叶わなくてがっかりすることもあります。でも、ただ1つ絶対に正しいことがあります。それは、私たちの生命はいつか終わりを迎えるということです。

 

 

■「臨床宗教師」とは何か?

 

近年、死ぬことは生まれることと同様に極めて自然なことだという考えのもと、患者さんと寄り添って精神的、霊的(スピリチュアル)にサポートする「臨床宗教師」を育成しようという試みが始まっています。突飛なことに思えるような取り組みかも知れませんが、避けられない死を目前にした患者さんに接しながら、時として無力感を感じることもある医師としては大変心強く思います。生命が終わる、すなわち「死ぬ」ということは長く日本の社会ではタブー視されてきました。これは、日本の医療の在り方と関係しています。理由は大きく分けて2つあると思います。

 

1つは、医療の進歩です。薬剤や医療機器の進歩も相まって我が国の医療レベルは飛躍的に向上。感染症や脳梗塞、心筋梗塞といった、以前は生命を脅かす疾患も、抗生物質の発達や様々な治療法の発展によって命を落とすことは少なくなりました。結果として特に医療の現場では「死=負け」のような認識になったのかも知れません。

 

もう1つは、病院で亡くなる例が増えたことです。今から50年ほど前は、8割以上が自宅で亡くなっていましたが、今や、8割以上が病院で亡くなるようになりました。元気にしていた人が病になって入院し、その後病院で亡くなるので、一般の人は人間が死ぬということを間近で見ることが極めて少なくなりました。

 

すなわち、医療の進歩と病院死の増加は、我が国で「死ぬ」ということをタブー化してしまうようになったのかも知れません。それが、誰にでも必ず起こり得ることにあるにもかかわらず、です。

 

 

■体験したことがないからこそ怖い、「死ぬ」ということ

 

「死ぬ」というのは怖いものです。私もそうです。あなたもそうかも知れません。命が終わるというのは怖く、寂しい感じがしますし、生きている人間は誰もそれを体験したことがありませんから、知らないものに対する恐怖感というものは自然と増します。とくに、死がそれほど遠くないということを知った患者さんにとっては、その恐怖感は大きくなりますが、その解決策を医師や看護師などの医療従事者に求めることはできません。

 

というのも、医療従事者は医療を行うための教育を受け病気を治し、終末期医療における緩和ケアなど、苦痛を和らげるための手技は習得していますが、死への恐怖や不安を取り除くことについて学んでいることはほとんどないからです。人は知らないこと、経験したことがないことには、本能的に恐怖を抱きます。しかし、この後どうなるのか、どういうことがあるのかということを教えてもらえばその恐怖は和らいでいきますし、前向きに取り組むことができるようにもなります。

 

医療においては、昨今はインフォームドコンセントといって、これからの治療の内容や予想される結果、それに至るまでに起こりうる種々の事象やその対処法などについてきちんと説明し、患者さんに納得していただくようになっています。このことによって、患者さんの不安は少なからず軽減されているのではないかと思います。終末期医療における緩和ケアにおいて、身体的な苦痛や不快な症状を緩和するための処置や投薬内容についてはきちんと説明と同意が行われていると思いますが、その最終的な死という未知のものに対すケアが行われていないために、医療に関するものとはまた異なった不安が解決されないままになっているというのが、今の現実と言えるのではないでしょうか。

 

 

■死への畏怖と、宗教の役割

 

生きるとは何か、そして死とはなにか。このような根本的な問いは、最終的に私たち一人一人がその人生経験の中で考え、悩み、決定していくものだと思いますが、古来そういうものを支えてきたのが「宗教」なのではないかと思います。「宗教」は、人の生き死にという普遍的なテーマに向き合い、解決策を見いだしてきた考え方がまとめられたものと言えるのかも知れません。

 

よくお寺や美術館・博物館などで、仏像や仏画、さらには死後の世界や宗教観、世界観が描かれた掛け軸や巻物などがあります。こういったものには、芸術的な価値はもちろんあるのですが、過去においては、多くの人びとの死への恐怖を和らげる価値も極めて高かったのではないかと思います。

 

そして今、医療の現場にこういった考えに基づく「臨床宗教師」のようなサポートが入ることは極めて意義深いものになるはずです。今後、このような資格者をどのように系統的に育成し、医療機関や在宅医療の現場で永続性に活動できるような仕組みを構築してくためには、課題はまだまだあります。ただ、死が近づきつつある患者さんを医療と宗教が連携して支えることの取り組みは、徐々に、そして確実に、進んでいくだろうと思います。死ぬことは決して、負けではないのですから。

関連記事

シェア
ツイート
送る