【劇作家劇場】なぜ、何となく声優を目指してしまう若者が多いのか?

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劇作家 松井周

 

『』(中公新書ラクレ)という本を読みました。この本は、声優を生涯の仕事と捉えて、競争の激しい世界で生きていくためにはどうすればいいのかというハウツーがぎっしり詰まったサバイバルガイドといった内容です。「生き残りをかけた競争がずっと続く」という覚悟を持って、それを楽しむかのようにドMとして生き抜いていけるか?と何度も迫られるようでした。

 

この本の作者である岩田光央さん(『AKIRA』の金田役)は厳しく的確に自分と自分の周りの業界を観察しているように思えました。例えば、現在の「アイドル声優」(歌手やイベントの活動も行う)と呼ばれるようなポジションについても、声優という存在の社会的評価が高まっていることをいい傾向と見ながらも、本来は「よりよく声で伝えるためのスキルやテクニックを磨き、それを活かすこと」が声優の前提であることを強調しています。

 

ここまで厳しく言っているのは、声優を目指す人が増えているという事情があるようです。これは僕も感じます。僕は大学や専門学校で演劇についての講師をしていますが、そこに入ってくる生徒の三割割ぐらいは声優を目指していたりします。若い子達が声優の華やかな部分だけを見て、何となく声優を目指してしまうことに、岩田さんは警鐘を鳴らしています。子供が声優になりたいと言い始めた親に対しても、自分の名前を出してでもいいから反対しろと呼びかけます。ただ、それでもやると言ったら「あくまでそれが『大博打』であることを前提にして、全力で応援してあげてください」と。

 

 

■まるで分身に命を吹き込む儀式!ベテラン声優たちの“演劇”

 

以前、声優をやったことがあります。アメリカで作られた『ホーム・ムービーズ』という30分アニメの吹き替えでした。主役のブランドンと女友達のメリッサだけは未経験者で、その周りを実力派の声優陣(朴璐美さん、大川透さん、佐藤せつじさん)が固めていました。僕らはダウナーな調子を求められていて、あまり影響されないようにか、それとも足を引っ張らないようにか、未経験者だけで別に録音をしていました。その時初めてベテランの声優さんがどんなふうにアフレコをしているのかを見る機会があったのですが、これがすごかった。まるで演劇でした。前面の大画面にほぼ止めずに映像を流して、二本のマイクの前を入れ替わり立ち代わりしながら、どんどん喋っていくのです。音を立てずに身振りや手振りも交えて、本気のやり取りでした。セッションというか。口というアウトプットに向けて全身のエネルギーを突っ込みながら、画面の中の相手役の動きや反応に目を凝らしていました。なんというか、自分の分身である人形に命を込める儀式のよう。しかも、タイミングはぴったりだし、「はずし」というか、スッと引くように「間」を入れたりと、自由自在でした。

 

正直、一緒じゃなくてよかったと思いました。技術も気迫もまるで違うことが明確。普段は気さくな兄ちゃん、姉ちゃんである人たちが、ラップのMCバトルじゃないけれど、声を武器に戦っているように見えました。速さ、明るさ、重さ、冷たさ、甘さなど五感に触れてくるような声を繰り出しているさまは、きっとアニメの映像抜きで現場を見ていても面白いと思います。俳優と違うのは、そこに分身がいること。その分身に命を吹き込むという作業は文楽などとも似ています。声優には絵で描かれた分身に何が何でも命を吹き込もうとする「欲望」がある。これは一体どういうことなんだろう?という興味があります。

 

 

■声優という職業と「欲望」との関係とは

 

この本は声優になるための実践的なハウツーがメインなのですが、時々、岩田光央さんが「欲望」について語ってると思われる部分があります。主役俳優のオーディションに落ちて、便器型ロボットのピョロという役についた時に「便器型ロボットという存在を誰も目にしたことがない以上、その役はそれなりの技術を備えた声優が演じなければならない」と解釈したところに、声優としての矜持と「欲望」を感じます。そこから「悪魔や宇宙人、タンスに消しゴム」などのキャラクターを演じられるような引き出しを増やしていくところも。あくまで岩田さんは声優としての「間口を広げる」ための努力として書いている部分ですが、僕は人間が人間じゃないものに対して命を吹き込みたいという「欲望」が声優という職業の根本の「欲望」のように思えます。どんなものでも回してみようとする曲芸士やどんなものでも吹いてみせる奏者のように。

 

そして、僕は今の若い人たちがなぜ声優という職業を目指すのかという部分に、そのような「欲望」を持たざるを得ないところがあるのではないかと思います。車に乗ったり、美味しいものを食べたり、海に行ったりする恵まれた現実にたどり着けないからこそ、人間以外の妖精や動物やモノや美しい風景がある虚構の世界に、自分という実体をこちらの世界に残してまでも没入したいという「欲望」があるのだと。

 

子供の頃、全能感をもって没入した世界に戻りたいというのは、マンガを大人買いする人だってそうだろうし、誰にでも思い当たると思います。そこから、現実と折り合いをつけて、わりと現実も悪くないと思えることがこれまでの生き方だとしたら、現在の若い人たちは、現実を諦め、虚構と折り合いをつけて、そこに居場所を見つけようとする移民のようなものなのかもしれません。それで食べていけるのかどうかについて真剣に話し合う必要はあると思うのですが、その「欲望」自体は僕にもあるので、本音の部分で止められないと思っています。

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劇作家

松井周

1972年、東京都生まれ。1996年に平田オリザ率いる劇団「青年団」に俳優として入団。その後、作家・演出家としても活動を開始、2007年に劇団「サンプル」を旗揚げ、青年団から独立する。2011年『自慢の息子』で第55回...

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