【中年名車図鑑|初代・三菱パジェロ】「ヨンク」の代名詞として、SUVの魅力を日本に知らしめた1台

車・交通

大貫直次郎

1980年代に巻き起こった自動車の流行のひとつに、 クロスカントリー4WD略してクロカンを中心とする“四駆(ヨンク)”ブームがあった。スキー人気などを背景にアウトドアに向かうための足として、さらにはリフトアップなどの改造を楽しむためのベース車として、クロカンモデルが若者層を中心に大人気を博したのである。今回はその四駆ブームのメイン車種の1台となった初代三菱パジェロ(1982~1991年)、さらに同時期の三菱ジープ(1953~1998年)の話題で一席。

 

80年代のクロカンブームの立役者。多彩なボディラインアップ、エンジンラインアップが魅力のひとつだった

【Vol.9 初代・三菱パジェロ】

石油ショックや排出ガス規制を乗り越えた1970年代終盤の日本の自動車メーカーは、売れ筋に発展するような新しいクルマのカテゴリーを鋭意検討していた。そんな状況の下、三菱自動車工業はひとつの方針を打ち出す。アメリカで人気を獲得しつつあった“スポーツユーティリティビークル(SUV)”の設定だ。SUVは今でこそクルマのいちカテゴリーとして日本でも浸透しているが、1980年代初頭はまだ一般に認知されていなかった。そこに白羽の矢を立てて、いち早く国産SUVをデビューさせようとしたのである。

 

 

■「ジープ」をベースに、実用性&快適性をプラス


「ジープ」という生粋のクロスカントリー4WDを生産していた三菱自工は、そのクルマ造りの経験を活かしたうえで、より実用性と快適性を高めた4WD車を企画していく。同社はまず、1973年開催の東京モーターショー(TMS)でジープをベースとするオープンバギータイプの「ジープ・パジェロ」を参考出品。1979年開催のTMSではタルガトップの2ドア4シーター車、「パジェロⅡ」を披露する。そして1981年開催のTMSで市販予定車の「パジェロ」を公開し、1982年5月になるとついに量産型のパジェロを市場に送り出した。


同社の4WDピックアップのフォルテをベースとし、チリ・アルゼンチン地方南部パタゴニア地方に生息する野生の猫の“パジェロキャット”から命名した新種の三菱製SUVは、メタルトップとキャンバストップ(ともにホイールベース2350mm)の2タイプのボディをラインアップする。キャッチフレーズは“快走のRVヒーロー”で、生産はジープと同じく東洋工機が担当。搭載エンジンは4D55型2346cc直列4気筒OHCディーゼルのNAとターボチャージャー付き、G63B型1997cc直列4気筒OHCのガソリンユニットという3機種を用意し、とくにディーゼルターボ車が高い人気を獲得した。

 

「ジープ」をベースにして、快適性、実用性を高めた。無骨なインパネとカラフルなシートのコントラストが印象的


■「ヨンクといえばパジェロ」という時代


先にデビューしたいすゞ・ビッグホーン(1981年9月発売)とともに、SUVという国産車の新ジャンルを開拓したパジェロは、存在感のあるルックスに豊富な車種ラインアップ、力感のあるディーゼルターボエンジンの設定などで、ユーザーを惹きつけていく。そして、1980年代中盤には“四駆(ヨンク)”ブームを巻き起こす立役車となった。


市場での上昇気流をさらに高めようと、三菱自工は積極的にパジェロの改良を図っていく。1983年3月にはメタルトップのワゴンを、7月にはエステート(ワゴン/バン)を追加。1984年6月にはマイナーチェンジを行い、可変ショックアブソーバーや4輪ディスクブレーキの採用、ディーゼルターボエンジンの出力アップなどを実施する。1985年4月には、クラス初のAT搭載車を投入した。


パジェロの改良はまだまだ続く。1986年5月にはミッドルーフ(ワゴン/バン)を設定。同時にディーゼルエンジンを4D56型2476cc直列4気筒OHCディーゼルターボに変更する。1987年9月には一部改良とともに最上級仕様のEXCEEDを追加。1988年9月には6G72型2972cc・V型6気筒OHCガソリンエンジン搭載車の設定や一部仕様におけるリアサスの3リンク/コイル化、4D56型ディーゼルターボにインタークーラーを組み込むなどの変更を行った。1989年6月になるとオーバーフェンダーを装備したワイドボディを発売。さらに、スポーツサスペンション装着のJXシリーズもリリースした。


パジェロの改良を矢継ぎ早に図る一方、三菱自工はコンペティションモデルのパジェロをモータースポーツに積極投入する。とくにパリ~ダカール・ラリーには力を入れ、その好成績ぶりが市販版パジェロの宣伝材料として大いに活用された。


日本のSUV市場の開拓を担ったパジェロは、1991年に全面改良を敢行する。より乗用車ライクに進化した第2世代はSUV市場をいっそう発展させる原動力となり、さらにはRVブームを牽引する代表格となったのである。

 

 

■パジェロが脚光を浴びた一方でジープは──


ところで、当時のSUVは総じて“ジープ”などと呼ばれたりもした。それだけ日本ではジープのルックスがクロカン4WDの典型として一般に浸透していたのだ。ということで、パジェロの兄貴分といえる「三菱ジープ」(1953年デビュー)の同時期の改良にも触れておこう。


まず1980年1月には、G54B型ガソリンエンジン(2555cc直列4気筒OHC)を採用したJ57/J27H/J47がデビュー。翌81年2月には、G54B型および改良版の4DR5型エンジン(2659cc直列4気筒OHVディーゼル)を積むJ37/J36が登場した。このころになると、ジープのラインアップは最盛期を迎える。CJ3B-J3(国産化ジープ)直系でキャンバストップ&キャンバスドアを採用するJ50系では、4G52型ガソリン仕様のJ-J58、G54B型ガソリン仕様のL-J57、4DR5型ディーゼル仕様のK-J54を設定。キャンバストップ&メタルドアを採用するJ20系ではG54B型ガソリン仕様のL-J27とL-J27(B)、4DR5型ディーゼル仕様のK-J24とK-J24(B)を、メタルトップ&メタルドアを採用するJ20H系ではG54B型ガソリン仕様のL-J27H、4DR5型ディーゼル仕様のK-J24HとK-J24H(B)をラインアップする。また、J20系のロングホイールベース版でキャンバストップ&メタルドアを採用するJ40系では、G54B型ガソリン仕様のL-J47と4DR5型ディーゼル仕様のK-J44を用意。さらに、多目的な4ドアワゴンタイプのJ30系では、G54B型ガソリン仕様のL-J37とL-J37(B)、4DR5型ディーゼル仕様のK-J36とK-J36(B)を取りそろえた。J50系/J20系/J20H系/J40系/J30系で計16車種の豊富なバリエーションを展開した1981年初旬の三菱ジープ。また、同年11月にはJ58の搭載エンジンを最新の排出ガス対策を施したG52B型1995cc直列4気筒OHCガソリンに換装。型式もJ59に切り替えた。

 

パジェロのデビューに伴い、82年以降ジープはJ50系のみのラインアップとなった


1982年2月以降になると、J50系以外の民間ジープの生産が随時中止される。同年5月に、より乗用車的な特性を持つSUVのパジェロがデビューしたからだ。ボディ形状や使用パターンなどでパジェロと明確にキャラクターを異にするのは、フルオープンボディのJ50系のみ。RVとしての古さが目立つようになったその他のモデルは、パジェロに実質的な代替わりの役目を担わせようとしたのだ。


一方で開発現場では、地道にJ50系の改良を続けていく。1982年5月には、金と黒をテーマカラーにしたゴールデンブラック仕様を発売。1986年8月にはガソリンエンジン車のJ59とJ57の生産を中止してディーゼルエンジン車のJ54に1本化し、10月にはそのディーゼルエンジンを直噴式でウエストゲート付きTD04ターボチャージャーを組み込む4DR6型(2659cc直列4気筒OHVディーゼルターボ)に換装して型式をJ53とする。さらに1994年7月には、渦流室式に戻したうえでTD04ターボチャージャーとインタークーラーを装備した改良版の4DR5(4DR52TI)型ディーゼルエンジンを採用し、型式はJ55に切り替わった。


1995年1月、三菱自工はジープの委託生産会社である東洋工機の株式を東洋紡績から譲り受けて筆頭株主となり、7月には同社をパジェロ製造に改称する。そして1998年になると、パジェロ製造でのジープの生産中止を実施。45年あまりに渡る車歴に幕を閉じたのである。

 

 

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大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バ...

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