「部活を休みたい」という考えが、教育と子どもをダメにする

ライフスタイル

citrus 関谷 寛明

「部活を休みたい」という考えが、教育と子どもをダメにする

 

今回のお題は学校の部活についてです。本当は教師も生徒もそんなに一生懸命に部活をしたいと思っていないのに、お互いに部活の時間を減らしたいとは言えず、土日も部活をしているという提言についてです。

 

教育の主流となってしまった「無理をすることはない」という価値観がまた登場してしまいました。私は学校の授業よりも部活で学ぶことのほうが社会に出てから役に立つと思っています。先輩後輩との上下関係、チームプレー、根性、体力など部活は子供達の成長に欠かすことのできないものです。

 

今の教育の世界では「無理をすることはない」とか「辛い思いをすることはない」と盛んに言われますが、社会人になれば無理をしなければなりませんし、辛い思いや悔しい思いと無縁で生活することなどできません。

 

学校は社会で生きていくための練習をする場所でもあります。いきなり厳しい社会に投げ込まれるのではなく、学校で部活などを通して少しずつ厳しい環境でもやっていける準備をしておくからこそ、社会に馴染めるようになるのです。

 

 

そもそも「嫌なことはしなくても良い」と教えてしまえば、教育は成り立たなくなります。嫌なことでも投げ出さずに道を開いていく力を養うのが本来の教育です。学力よりも将来の目標や志、偏差値よりも人間力、安易な放棄よりも継続する力などが教育の目的ではないかと思っています。

 

「自分らしく」と言えば聞こえは良いのですが、社会において自分らしく生きていくためには、相応の力が求められます。屁理屈で自分を取り繕っても虚しくなるばかりです。

 

厳しさに耐えうる力を持たなければ、自分の花を咲かせることはできません。教育の在り方についても考えるべき転換期ではないでしょうか。

この記事が気に入ったらいいね!しよう

citrusの人気記事をお届けします

SNSで記事をシェア

関谷 寛明

山形県米沢市にある甲子大黒天本山で副山主をしています。出羽三山のひとつ湯殿山系修験道の流れを継ぐ山伏です。普段は祈祷、法話、写経などをおこなっています。また、隣接する小野川温泉のまちづくりなどにも参加しています。お寺にこもるよりも、様々な活動に参加して自分を広げたいと思う青年僧侶です。何かと批判されることもある仏教ですが、仏教の素晴らしさを伝えられたらと思います。

ページトップ