【中年名車図鑑|初代ホンダ・シティ】80年代を席巻した偉大な“トールボーイ”

車・交通

大貫直次郎

英国を代表するスカバンドのマッドネス(MADNESS)が4月に来日し、一夜限りのライブを東京で行った。日本でマッドネスといえば、そう、初代ホンダ・シティのイメキャラだ。今回は遅ればせながら彼らの来日記念も兼ねて、“トールボーイ”こと初代シティ(1981~1986年)で一席。

 

マッドネスが「♪ホンダホンダホンダホンダ…」と歌いながらダンスするCMが話題に


【Vol.14 初代ホンダ・シティ】

1974年10月に軽自動車のライフの生産を中止して以来、ホンダのエントリーカーに位置づけられていたのはシビックだった。しかし、1979年7月にフルモデルチェンジした2代目“スーパー”シビックは、格上の車種に変身していた。初代モデルよりボディを大型化し、しかも車両価格も引き上げられていたのである。実はこの時点で本田技研工業は新しいエントリーカーのリリースを決定しており、随時開発を進めていた。集められた技術陣は平均年齢27歳の若手メンバーたち。若者層を中心ターゲットに据えたコンパクトカーを創出するための、首脳陣の英断だった。

 

 

■斬新なデザインの“トールボーイ”。モトコンポもあった!

 

シティ「ターボ」。82年に登場したホンダ量産四輪初のターボモデルだ

1981年10月、本田技研工業は“FFニューコンセプトカーライブビークル”を謳う新しい小型車の「シティ」(AA型系)を発表する(発売は11月)。“トールボーイ”と称したスタイリングは、3380mmのコンパクトな全長に1470mmのハイトな全高、低くスラントしたノーズセクション、広いグラスエリアなどで高効率かつ個性的なエクステリアを構築。内包するインテリアは、背の高さを活かした頭上空間の広いキャビンに、シンプルかつ機能性に富んだインパネを装備していた。

 

全高1470mmのトールボディを生かした広々とした室内空間。シンプルなインパネも人気を集めた

搭載エンジンはコンバックス(COMBAX=Compact Blazing-Combustion Axiom。高密度速炎燃焼原理)と称する新開発のER型1231cc直列4気筒OHCユニットを採用する。新ファンネル型燃料室や超ロングストローク&スモールボア(ボア66.0×ストローク90.0mm)、高圧縮化(圧縮比10.0)などで構成した新パワートレインは、63~67psの高出力を発生しながら、クラストップの10モード走行燃費19.0km/l(Eタイプ)を達成した。サスペンションはフロントにマクファーソンストラット、リアにコンパクト化を図った新設計ストラットをセット。サスの干渉を抑えて最大限のスペースを確保した荷室空間には、新開発の原付モーターサイクル、「モトコンポ(MOTOCOMPO)」(AB12型)が積載できた。

 

 

■ブリフェン「ブルドッグ」も人気だった

 

英国のスカバンドのマッドネスを起用した広告展開(CMの曲は『In The City』)でも注目を集めた新世代コンパクトカーのシティは、既存車にはない斬新かつ小粋なスタイリングや軽快な走りなどが高い評価を受け、販売台数を大きく伸ばしていく。そしてホンダは、その新鮮味を失わないよう、矢継ぎ早に車種バリエーションを増やしていった。

 

リアから眺めると、ハイトな全高、広いガラスエリアといったシティの特徴がよくわかる

 

1982年9月にはホンダの量産四輪車初のターボチャージドモデルとなるシティ「ターボ」がデビューする。パワートレインには、アンチノック性能の向上と圧縮比および副室諸元の最適化を図り、構造自体の強化(マッスルエンジン構造)も実施したニューコンバックスエンジンに、IHI製ターボチャージャー(最大過給圧0.75kg/cm2)を組み込んだER型1231cc直列4気筒OHC“ハイパーターボ”を採用。このユニットには、独自開発の電子制御燃料噴射装置である“PGM-FI”や新設計のピストン&クランクシャフト、チタニウム添加アルミ合金製のシリンダーヘッド、マグネシウム製のヘッドカバー、オール樹脂製のエアクリーナーなどを装備する。パワー&トルクは100ps/15.0kg・mを発生し、そのうえで10モード走行燃費は18.6km/lをキープしていた。

 

通称「ブルドッグ」で親しまれた「ターボⅡ」。ブリスターフェンダーで武装したこのスパルタンなモデルはいまでも高い人気を誇る

 

2カ月後の11月にはルーフを10cm高めた、通称マンハッタンルーフの「Rタイプ・ハイルーフ」がラインアップに加わる。そして、1983年11月には前後フェンダーをブリスター化した通称“ブルドッグ”の「ターボⅡ」が登場。パワートレインは燃焼室形状を改良し、同時に空冷式インタークーラーを組み込んだ(最大過給圧0.85kg/cm2)ターボ付きER型エンジンで、パワー&トルクは110ps/16.3kg・mにまで引き上がった。ちなみにホンダは、1983年シーズンよりF1に復帰。搭載する1.5l ・V6ターボエンジンは時を経るに連れて至極の速さを見せ、ホンダのターボエンジンのイメージアップに貢献した。

 

 

■「カブリオレ」は何とピニンファリーナが担当!

 

1984年7月になると、ターボⅡのボディをベースにソフトトップを架装したフルオープン4シーター、シティ「カブレオレ」がデビューする。オープンボディとソフトトップの開発に関しては、イタリアの名門カロッツェリアのピニンファリーナ社が担当した。注目のソフトトップは手動開閉式で、トップ先端の左右に配置したロックハンドルを解除し、持ち上げながら後方に押していけばオープンボディに変身する。ボディ剛性と安全性を確保するためのロールバーは残ったが、それもシティの個性的なルックスにとてもよくマッチしていた。傷がつきにくいガラス式リアウインドウ、上下に開閉できるレギュレーター式リアクォーターウインドウ、独立したトランクルーム、専用色を含めた全12タイプのボディカラーなどを設定していた点も、カブリオレの特長だった。

 

「ターボⅡ」をベースにした「カブリオレ」。ピニンファリーナが担当した

 

1985年3月には、量産車として世界初採用となるF.R.M.(Fiber Reinforced Metal=繊維強化金属材料)アルミコンロッドを組み込んだ低燃費モデルの「EⅢ」をリリースする。さらに同年5月には、新開発の副変速機付4速MTを組み込む「ハイパーシフト仕様車」を設定した。

 

車種ラインアップの増強で高い人気を維持し続けたAA型系の初代シティは、1986年10月にフルモデルチェンジを実施し、“ヒューマンフィッテイングテクノロジー”の考え方で開発したロー&ワイドのフォルムを持つ第2世代へと切り替わる。1980年代の街中を席巻した偉大なトールボーイ。いまでも時折、大切に乗り続けているのであろうターボⅡやカブリオレを見かけることがあるが、そのインパクトの強さは健在だ。コンパクトカー造りに長けた本田技研工業の記念碑が、可能な限り長く生き続けることを切に願う。

 

Kyrgyzdiaryのクルマ情報をInstagramで!
『car lovers by citrus』>>

この記事が気に入ったらいいね!しよう

citrusの人気記事をお届けします

SNSで記事をシェア

大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バ...

大貫直次郎のプロフィール&記事一覧
ページトップ