「意識高い街」武蔵小杉から庶民的な店が消えていく…

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東急東横線とJR南武線がクロスする町、神奈川県川崎市の武蔵小杉で育ちました。すぐ近くを流れる多摩川を渡った目と鼻の先にはかのセレブタウン代表・田園調布が広がるというのに、川を挟んだだけでこうも格差があるものかとがっかりするほどイケてない町でした。

「武蔵小杉? ああ、国立(くにたち)とか吉祥寺とか、あっち方面?」と、「武蔵」という言葉から連想したのでしょう、当時は東横線の武蔵小杉という駅名自体を知らない人だって多かったんです。


■武蔵小杉(ムサコ)で育った私が、いまムサコに言いたいこと

だからいま、私は魂を売って隣の横浜市へ移ってしまったけれど、私の本質はそういう「イケてない」ものに根ざしていると、自信を持って言えます。

辺りにはNECや富士通、サントリーなどの大規模工場がある、どこか灰色の町。40年前には駅前にダイエー系列のスーパーサンコー(のちのマルエツ)しかなくて、その1階に入ったダイエー系列のハンバーガーショップの名前、「ドムドム」が幼い私にとってハンバーガーの代名詞でした。30年くらい前に5階建のイトーヨーカドーができたときには、なんて文化的なお店ができたものだろうと感動さえし、武蔵小杉も都会の仲間入りができたような気がしたものです(できてないし)。

競馬場のある川崎駅と府中駅をつなぐJR南武線は、小さい子供がお母さんに乗っちゃダメよと言われ、代わりにちょっとお酒くさくて競馬新聞を読みふけるおじさんたちがいっぱい乗っている電車でした。でも一方で、当時渋谷駅と横浜駅という二つの大ターミナル駅を結んでいた東急東横線には、夢がありました。特に東京都内の駅はどれも雑誌に載るようなオシャレタウンが目白押しだから。

でも、渋谷から東横線に乗って横浜方面へ向かうとき。渋谷・代官山・中目黒・学芸大学・自由が丘・田園調布と緑多くオシャレな町を次々通って気分良くやってきたものの、多摩川を渡った途端、ダサい工業都市「川崎市」になるのです。完膚なきまでの東京―神奈川格差を見せつけられたところに、今度は慶応のキャンパスが優雅に広がる日吉や高級住宅地の大倉山・白楽などがやってきて、同じ神奈川県内なのに今度は横浜市―川崎市格差を思い知らされます。ムサコ住みにとって、東横線とは川崎市が「対・東京」、「対・横浜」で圧倒的大敗を喫するのを見るために乗るような電車だったのです。

だからムサコは、「東横線沿線です」と主張するには(笑)マークがつく、どこか負けの匂いがする町、地価も物価も安くて格下のイメージが拭えない町でした。えっらい離れたところにJR横須賀線の新駅ができて「武蔵小杉にも横須賀線が通って品川・東京まで20分圏内、通勤至便!」と口走ってみたり、50階建だか40階建てだかのタワーマンションがニョキニョキ建ってちょっとくらいキレイなお兄さんお姉さんが入居するようになったからって、自分たちを都会だとか、まかり間違ってセレブだなんて思ってはいけません。流入した新興住民はそういう幻想に高いお金を払ったのだから夢を見続けてよしとして、地元民にとっちゃ、ムサコはいつまでたっても「あの」灰色で、駅前にちゃちな駅ビルFROMしかなかったムサコなのです。

ムサコ、タワマンで勘違いしちゃダメ。足元をよく見るのよ。あなたたちはどうお化粧したって「川崎市中原区」なんだから、中原区民として誇り高く、デベロッパーのイケイケなマーケティングに乗り切れず「えぇ、そういう展開……?」って腰引けてる存在でいつづけなきゃ!()


■武蔵小杉がセレブな町の仲間入り、だと……?

でも、そんなムサコネイティブの私の願いもむなしく、ひとたび町に資本が流入して一気に大胆な再開発が始まり、お洒落タワマンイメージが広まって「住みたい街 第1位」なんて分不相応なタイトルを手にしてしまうと、賃料とともに地元民のプライドも上がってしまうのでしょうか。

「」として、武蔵小杉にあった3店のマクドナルドがことごとく閉店したと報じられています。庶民の味方マクドナルドが一店もなくなった? これは一大事!

記事では賃料アップを原因に挙げていますが、そりゃ賃料なんて物価と一緒にうなぎのぼりです。セブン&アイ・ホールディングス資本のグランツリーだ、東急スクエアだ、三井不動産グループ資本のららテラスだと、「上質な生活」感を前面に出す大型オシャレ商業施設がどんどん投入され、最近のムサコの消費セレブ化は目に余ります。

なんか生まれた時からデパ地下食材とハイセンスなインテリアとちょっとお高めのお洋服とアロマのいい香りに囲まれて育ったふり。違う、あの頃キミたちはイトーヨーカドーやマルエツの食材や下着で育ち、聖マリアンナ医大病院前のマックで放課後にポテト食べて、その先の2階にある「友&愛」でレコードやCD借りて、FROMの上の文教堂か駅前の住吉書房でコミックスの発売日を心待ちにしていたじゃないか……(遠い目)。


■ムサコのタワマン群、ゴジラにバッキバキに折られる

変わりゆく同級生を遠くから見守るような気持ちで、ムサコを眺めていたムサコネイティブの私。

「あ、俺? 大学出てからは、そうだなぁ、ま、会社に近いし遊んでもすぐ帰れるってことで渋谷区から港区あたりを中心にずっと一人暮らし続けてきたけど、それも飽きたよね。いい子見つけて結婚したからには、やっぱり子供と住める広さといい環境を確保してあげたいし、何よりホラ、ちょうど外資に3度目の転職して、勤務先も溜池山王になったから、目黒線乗り入れで一本っていうのが魅力かな。かつ、タワーマンションだからセキュリティも住民のクオリティも売買の流動性も担保されて、近所づきあいだとか面倒なこともないし、お互い気が楽でしょ。カミさんも、もちろん出産後も仕事は続けていきたいヒトだからさぁ、駅前に保育園とか学校とか塾とかが揃ってなくて悩むのも時間のロスじゃない。そういう意味で、全部駅前に揃ってて、学生時代から一通り遊んで知ってるエリアが沿線に全部並んでる今のムサコが、俺やカミさんにとってはちょうどいい選択だったんだよね」

なんて、その同級生(ちょっといいスコッチウィスキーとか傾けながら)言いそーーーー。すっげー言いそーーーーーーーー。

さて、そんな「お前、そんなヤツじゃなかったじゃん」感満載で変わり果てたかつての同級生・ムサコですが、映画『シン・ゴジラ』ではゴジラ上陸を阻止するタバ作戦の主戦場となり、無残に潰されました。

(↓予告編52秒あたりから、林立する武蔵小杉のタワマンの間に佇むゴジラが総攻撃を受ける様子がご覧いただけます)

苦しみもがくゴジラがタワマンをバッキバキに折り、多摩川にかかる青い丸子橋が真ん中でねじ折られ吹き飛ばされ、焦土となった平たいあのエリアを見て、「それでこそ、私のふるさとムサコだ……」と映画館で胸を震わせた私でしたよ!
 

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コラムニスト

河崎 環

河崎環(かわさきたまき)/コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川県育ち。桜蔭学園中高から転勤で大阪府立高へ転校。慶應義塾大学総合政策学部卒。欧州2カ国(スイス、英国ロンドン)での暮らしを経て帰国後、Web...

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