俳優もAIに取って代わられる時代が来るかもしれない

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劇作家 松井周

 

みなさん、「暗記」は得意でしょうか?学生の頃はともかく、社会人になってからはあまり「暗記」をすることはないかもしれません。歴史の年号やできごと、英単語や文法、世界地図など、学生の頃はやたらと暗記するものがありました。でも、社会人になってからは、例えば運転免許を取る際に、交通ルールを覚えるくらいしか「暗記」の出番はないのでは?

 

でも俳優は違います。俳優は新たな作品に出演するたびに「暗記」をします。俳優の仕事は「セリフを覚えてそれをしゃべること」と思っている方もいるのではないでしょうか?確かに俳優は一度や二度「あんなにセリフを暗記してすごいねえ」と親戚のおばちゃんとかに褒められたことがあると思います。あながち間違っていないです。

 

ちなみにこの作業、僕にとっては本当に苦痛で、前日に6時間かけて覚えたのに、次の日になると、覚えた量の三割くらいしか定着していなかったなんてことがざらにあります。悔しくて泣いたことすらあります。だから、脳に直接インプット可能な記憶装置(=メモリー)でも発明されれば、そんなこと一発で解決されてしまうだろうなと夢想します。そこまで行かなくても、メガネのレンズにうっすらと文字が浮かぶとかでもいいのかもしれません。こんなことはグーグル・グラスならすぐに可能なのかもしれません。

 

というか、外部のメモリーを直接取り込めたら、俳優の仕事も変わるかもしれません。セリフだけじゃなく、動きもそのタイミングもあらゆる段取りが外部のメモリーによって引き起こされるのです。よく俳優を評価する際に「あの人にはハムレットが憑依している」というような言い方をしますが、もっと細かく「あの人には名優◯◯の1920年ロンドン公演版ハムレットが憑依している」というようなことも起こるかもしれません。残された映像をトレースして、データを作成し、そのメモリーを脳にインプットすることで、よりディテールの細かい演技が表現されるというような。とはいえ、野村総研による「」の方に「俳優」は含まれているので、すぐに俳優という仕事がAIに取って代わられるということはないかもしれませんが、のんびり構えてるわけにはいかないでしょう。

 

いや、もうそうなれば俳優だけのことではないですよね。普段から、もうこの世にはいない人のデータを使ってイタコのように振る舞ったりとか。あるいは生きている人のデータを借りて、今日はマツコ・デラックスのように喋り、明日はイチローのように野球をしてもいいかもしれません。もちろん、最初はつくりが粗くてモノマネ風なデータかもしれませんが、段々と精度を増してくれば遜色なくなるかもしれません。

 

もしそうなったら、俳優という職業は人格や仕草と声のデータを入れ替えて披露する仕事になるんでしょうか?例えば、名優のデータを元にしたAIに制御された俳優と普通の俳優が演技対決をしたら、AIに制御された俳優の演技に感動する人もいるのではないでしょうか?そういうことは起こるかもしれません。

 

それどころか、日常においても「私」と呼ばれるものは一体どうなるのでしょうか?ここからは妄想に近いかもしれませんが、脳を補佐するAIが組み込まれた人間は、インターネットに接続されながら、不快を避けるためにあらゆる先人のデータを参照・学習して、これまでとは全く違った「私」像を合成し、脳に覚えさせるのではないでしょうか?まるでアルファ碁の打つ手が、かつて見たことのなかった手であったように、男でも女でも大人でも子供でもないような、その場に応じて性差も社会的役割もスイッチを切り替えるように楽しむような「私」が生まれたら、なんて魅力的なんだろうとも思います。

 

と同時に、やっぱり怖いです。役割も自在で、さらにもし個人史すらも書き換え可能だとしたら、「私」はデタラメなパッチワークでできあがっているわけで、もはや「私」にこだわる必要がありません。だとしたら「私」と「あなた」が出会うようなときめきも過去のものだし、そもそも「私」という境界が溶けてしまい、自分を認識することも必要ありません。そんな事態を受け入れられるのか、ちょっとよくわからないのです。

 

ある時代の誰かと誰かと誰かの「私」をミックスして一つにしてしまえばもう孤独感なども吹き飛ぶのではないでしょうか?まあでも、お金がなければそんなこともできないでしょう。お金がないならないなりに、そんなときにはこたつに入って一人でみかんを食べながら年越しするなんていうことがひそかな楽しみになっているかもしれません。たとえ一人ぼっちで寒くても、それこそ貴重な「孤独」を味わえるということで。

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劇作家

松井周

1972年、東京都生まれ。1996年に平田オリザ率いる劇団「青年団」に俳優として入団。その後、作家・演出家としても活動を開始、2007年に劇団「サンプル」を旗揚げ、青年団から独立する。2011年『自慢の息子』で第55回...

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