【中年名車図鑑|初代ユーノス・ロードスター】世界中の自動車メーカーに影響を与えた“人馬一体”ライトウェイトスポーツ

車・交通

大貫直次郎

1980年代の前半、マツダの開発陣はクルマの安全基準と排出ガス規制の強化によって絶滅危惧種となりつつあった“ライトウェイトスポーツ”の復活を検討する。開発責任者は「マツダには他社とは違う独自の商品が必要」と首脳陣を説き伏せ、また当時のマツダはヒット作の連発で経営状況もよかったことから、新世代ライトウェイトスポーツの量産に向けたプロジェクトにゴーサインが出された――。今回は世界規模でライトウェイトスポーツの活性化を果たしたユーノス・ロードスター(1989~1998年)で一席。

 

 

【Vol.25 初代ユーノス・ロードスター】


排出ガス対策でエンジンの出力を落としたり、衝突安全性能を強化するために車重が重くなったりするなど、受難の時代を迎えて消滅しつつあったライトウェイトスポーツのカテゴリー。この状況下で、走り好きのスタッフが多いマツダの開発現場ではライトウェイトスポーツの復活、しかも現代の技術とマツダの真髄を凝縮した“人馬一体”の新世代軽量スポーツカーを生み出そうと画策した。

 

 

■正統派ライトウェイトスポーツを現代の技術で再現


1983年より開発の検討を行い、1986年からは本格的な量産化を目指したライトウェイトスポーツのプロジェクトは、1989年2月開催の米国シカゴ・オートショーで花開く。「マツダMX-5ミアータ」の車名を冠したフルオープン2シーターの新型FRライトウェイトスポーツが雛壇に上がったのだ。そして、同年7月になると「ユーノス・ロードスター」(NA型系)の車名で日本デビューを果たし、9月より販売を開始した。

 

奇をてらわず、正統派ライトウェイトスポーツとして開発したことが世界的なヒットにつながった


ロードスターは基本骨格に、トランスミッションとデフをリジッドに結合する新開発のP.P.F.(パワープラントフレーム)を採用する。サスペンションには路面に対するタイヤのジオメトリーをつねに適正に保つ4輪ダブルウィッシュボーンをセットした。組み合わせるオープンボディは、強度/剛性部材のストレート化や結合部剛性の強化、フロアトンネルの強度/剛性部材としての活用、サイドシルの大型断面化などを実施。同時に、ボンネットフードやオイルパン、デフケース、P.P.F.等にアルミ材を使用し、効果的な軽量化を果たす。前後重量配分は、2名乗車時で50:50の理想的な数値を実現した。縦置きに搭載されたエンジンはB6-ZE型1597cc直列4気筒DOHC16Vユニットで、高回転設定のバルブタイミングやテーパー径の吸気ポート、軽量コンロッドなどを採用する。その結果、レブリミットは最高出力(120ps)発生回転数の6500rpmを超えた7200rpmに達し、同時に4000~7000rpmの領域で最大トルク14.0kg・mの90%以上を絞り出す特性を実現した。また、高剛性タイプのクランクシャフトおよびフライホイールやトランスミッションケース直結タイプのオイルパンを装備し、低振動化を成し遂げる。ほかにも、カムカバー2本とベルトカバーを一体成型した見栄えのいいヘッド、排圧を低減させるためにプリマフラーを省いたうえで排気マニホールドからテールパイプまですべてをステンレス製としたエグゾーストシステムなどを装備した。

 

デビュー当時は5速MTのみの設定。ロードスターに乗りたいがためにMT免許を選択したユーザーもいたほど

車両デザインについては、抑揚のあるロングノーズ&ショートデッキの流麗なプロポーションを基本に、リトラクタブル式のヘッドライトや後方にきれいに格納できるソフトトップ、楕円形のリアコンビネーションランプなどを組み込む。適度なタイト感を有し、かつスポーティなブラック基調でまとめた内装デザインは、スポーツカーにふさわしい出来栄え。ショートストロークタイプで小気味いい変速が楽しめる5速MTも、ドライビングの楽しさを増幅させる要素となっていた。

 

2名乗車時で前後重量配分が50:50になる理想的な設計

 

■入念な改良と車種設定の拡大で魅力度をアップ


発売と同時に大注目を集め、受注台数を大いに伸ばしたロードスターは、デビュー後も精力的に車種設定の拡大や中身の進化を図っていく。まず1990年3月には4速ATを追加。AT仕様は扱いやすさを重視して最高出力を110psに抑えた。同年8月には、渋いネオグリーンのボディ色にタンカラーの内装を組み合わせたVスペシャルを設定。翌91年7月にはサンバーストイエローのボディ色を纏った特別仕様車のJリミテッドを、同年12月にはグループ会社のM2が企画・製造した特別仕様車のM2 1001を発売する。1992年に入ると、8月に安全装備の強化を実施し、9月にビルシュタイン製ダンパーやBBS製アルミホイールなどを装備したSスペシャルを、11月に特別仕様車のM2 1002を、12月に特別仕様車のSリミテッドを発売した。

 

ブリティッシュグリーンのボディにタンカラーのインテリアをあわせたVスペシャル。ウッドのナルティ製ステアリングとシフトレバーが印象的


1993年9月(発表は7月)になるとマイナーチェンジが行なわれ、エンジンがBP-ZE型1839cc直列4気筒DOHC16Vユニットに換装される。ボア×ストロークは78.0×83.6mmから83.0×85.0mmに拡大。吸気抵抗の低減を図るために、ホットワイヤー式のエアフロメーター等を新採用する。同時に、バルブタイミングのさらなる高速化なども実施した。パワー&トルクは130ps/16.0kg・mを発生。過渡トルクも全般的にアップする。エンジンの換装に合わせて、5速MTのファイナルギアレシオの変更や足回りのセッティングの見直しなども敢行した。またこの時、新仕様としてVスペシャル タイプⅡを設定。12月には、特別仕様車のJリミテッドⅡを発表した。


1.8リッターエンジンの搭載によってパフォーマンスを向上させたロードスター。しかし、一部のファンからは「軽快感が失われた」というデメリットが指摘される。これに対応するため、開発陣は1995年8月に加速フィーリングなどを向上させる改良を実施した。エンジン制御のECUは、8bitから16bitに変更。これにより、高回転域での燃焼の最適化やレスポンスの向上を実現する。また、軽量フライホイールの採用により慣性抵抗を軽減させ、同時にファイナルギアレシオを4.100から1.6リッター時代の4.300へ戻して加速重視の設定にリファインした。


進化の歩みを続けたユーノス・ロードスター/MX-5は、デビューから8年半あまりが経過した1998年1月にフルモデルチェンジを実施し、第2世代となるNB型系のマツダ・ロードスター/MX-5に移行する。初代の生産累計は43万台超を記録。スポーツカーとしては大ヒットといえる好成績だった。

 

 

■ロードスターの成功に欧州メーカーが刺激を受ける


ライトウェイトスポーツを現代の技術で蘇らせた初代ロードスター/MX-5は、世界中のマーケットで人気を博し、販売台数を大いに伸ばした。マツダのこの成功を、ライトウェイトスポーツの発祥地である欧州のメーカーが黙って見過ごすはずがない。1990年代に入ると、矢継ぎ早に欧州メーカー産の2シーター・ライトウェイトスポーツが発売された。ローバー・グループのMGブランドではMR方式のMG F(1995年デビュー)、フィアットではFF方式のバルケッタ(1995年デビュー)、BMWではFR方式のZ3(1995年デビュー)という2シーターオープンタイプのライトウェイトスポーツを設定。メルセデス・ベンツはFR方式で電動開閉式ハードトップの“バリオルーフ”を纏ったSLK(1996年デビュー)をリリースする。日本メーカーでもトヨタがMR方式のMR-S(1999年デビュー)、ホンダがFR方式のS2000(1999年デビュー)を市場に放った。見て、乗って、操って楽しいライトウェイトスポーツの特性を再認識させた記念碑――それが初代ロードスター/MX-5の真骨頂なのである。

 

 

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大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バ...

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