インスタ盛り過ぎは、人生破綻の入り口か、それとも…?

ライフスタイル

 

■GENKINGの借金が1000万円に膨らんだわけ

 

少し前に、タレントのGENKINGさんがテレビ番組で「インスタグラムで何万ものフォロワーを集めて人気急上昇していた時代は、嘘をついていた」と発言したのが話題になりました。実際の生活では数百円の支出にも困窮しながら、最終的には1000万円に膨れ上がる借金を重ねてまでして一流ブランドの服や靴やバッグを買い、超高級リゾートに一泊だけしてその写真をインスタグラムに上げるなど、ライフスタイルを「盛って」いたのだとか。それでもフォロワーがみるみるうちに増え、たくさんの「いいね!」をもらう快感の中毒となり、自分でも止められない虚飾のサイクルへとはまっていった……との神妙な告白に、しかし視聴者は案外驚かなかったような気がします。

 

というのも、GENKINGさんのライフスタイルには、大人が見ればそれと気づくような無理や作為が表れていて、危うさが十分に感じられたから。そしてポストGENKINGとでも言うべき現実離れしたインスタの人気者は、今も世界中で無限増殖中。「インスタ盛(も)り」という言葉がすっかり浸透しているように、SNSにおける投稿画像を実物以上によく見せることは一種の文化、いや、もはやマナー? ある女子大生はこう言います。

 

「インスタではみっともないものや汚いものを出してはいけない、という暗黙のルールがある気がします。黒い毒や愚痴はツイッターで吐き、インスタは『インスタ人格』みたいな綺麗で可愛い自分を演出して並べる。どっちも承認欲求の表れだとは思うんですけどね」

 

インスタグラムは画像メインの投稿SNSで、まず画像ありきでテキストコメントをつけるというスタイル。画像勝負なのですから、人目を引くような綺麗でかわいい写真、人の涙腺や唾液腺を直撃するようなインパクトのある写真が好まれるのは当たり前です。でもなぁ。そういうインスタ映えする写真を撮ることを最終的な目的にして出かけたり集まったりとか、場合によってはインスタ映えを保証しますなんてイベント業者を使ってまで写真を撮る人までいるそうで。それ、目的と手段が逆になってない……?

 

 

■「ここはニューヨーク?」「それともハワイ?」「いいえ千葉です」……インスタの盛り技に気持ちよくだまされる

 

最近インスタでは「」ってのが流行っているんだそうです。インスタ映えするおしゃれなピクニックに全精力を傾け、ピクニックそのものよりも「盛る」ことに熱を入れて、あれこれの雑貨で飾り立てたり、女子の集団で必死にシャボン玉を飛ばしたり、とにかくカワイイ世界観を切り取り取る。等身大ではダメ。Yahoo! 記事ではこの「おしゃピク」を「“おしゃピク写真”を作るための撮影会」とぶった斬り、そんなインスタ女子たちを「歪んだリア充」としていますが、つまりはSNS上での印象操作を日常としている世代や層が台頭してきているということですよね。

 

インスタ女子は、アラサー・アラフォーの子持ちのママにも急速に増えています。自宅のダイニングテーブルで、公園で、町なかで、レストランやカフェで、空や花、子供や犬猫や自分や目の前の飲食物をカシャカシャとスマホで撮り、ハッシュタグ(#)で大喜利のようなオモシロ言い訳コメントをつけてキュートな自己表現をするママたちの投稿が花盛り。

 

インスタ映えする写真の撮り方の指南記事などもよく読まれ、ここはニューヨークかそれともオークランド(サードウェーブの聖地)、あるいはパリっすかどこっすかみたいな異国趣味全開の写真が、千葉や埼玉や神奈川の片隅でせっせと撮られ加工されてはインスタのサーバに上げられていくわけですよ。

 

 

■インスタ、セルフィー擁護論もあり

 

一方で、とある男性論客が言いました。

 

「いま女の人のインスタって、自撮りがわざとらしいとか自意識過剰とか批判されるけど、ああやってどの角度が一番キレイかって自分を理解して、自己肯定感を持つの、すごくいいと思うよ。日本人は個人的にも、社会全体も、みんな自分たちを謙遜・卑下しすぎ」

 

なるほど。インスタ盛りや加工過剰なセルフィー(自撮り)とは単なるゴマカシ以上に自己肯定感を持てるようになる現実との対処法であり、自己表現技術の向上なのであるとも考えられます。ある美術論の学者も、こう言いました。

 

「本来、写真における美学とは”被写体のあるがままの姿”を写し出す技巧をいかに磨くかであり、写真とは証拠性の芸術なんです。その意味で、インスタなどのSNSでユーザが投稿するような、すっかり加工されてしまった俗的な写真には証拠性が皆無なのですが、別の技巧を磨くという点で亜流の写真美ではあります」

 

ふむふむ、写真技巧の一般化という点で、スマホカメラと加工アプリの最強コンビが社会にもたらした多大なる貢献には、誰も異論がないでしょう。いわゆるカメラ女子の流れで、お気に入りの日常の風景をお洒落に撮りたい、それを日記風に記録していきたい、しかもできれば究極までフォトジェニックに、というニーズの延長なのかなという気もします。

 

ですから、インスタでの技巧に長ける、あるいは技巧を磨かんとして憧れる人々を「演出が過ぎるだろうあいつら! 人生すべて演出しとるぞあいつら! 薄っぺら!」と断じるのは割と簡単なのですが、ここまで普及したのにはやはり理由があるんではないかと、私も思い始めました。

 

 

■インスタ心理の根っこはギークの下克上?

 

先ほどの女子大生が、絶妙なヒントを口にしてくれました。「いわゆるスクールカーストの中・下層の子でも、SNSでは技術力次第で下克上できる。だからハマるんですよね」。その通り。世界のインスタ人気のエンジンとなったのも、初めは人気モデルやエディターのファッション写真だったかもしれませんが、火がついたのは一般のファッションブロガー(よく言って町のキレイなオネーチャン、あるいはセンスのあるフツーの子)が自撮りで日々のコーディネートを発信するようになってから。「フツーの子が、センス次第で人気者になれる」ところに、インスタのメディアとしての力があるわけです。

 

そう、インスタなんてなかった時代、モテるため人気者になるために、私たち世代も服や化粧品や時計や靴や車やらに投資したではありませんか。異性にも同性にもインパクトを与えて、憧憬を勝ち取る。いま思えば、自分の中身じゃなくて外側にお金かけて、上っ面だけだったよなぁ、薄っぺらかったなぁなんて思いますが、それってやっぱり自分を「盛って」いたんですよね。

 

「盛る」心理は、人間なら誰しも持ち合わせている、恥ずかしいけれど可愛げのある部分。そりゃ人間だもの(みつを)、どうせ人に写真を見せるのなら少しでも見栄えのいいものを見てもらいたいものですよね。私も、シワやクマは消したいし、脚は細く長く見せたいし、二の腕だってトリミングしますよ正直。若く見せたいですよ。高く見せたいですよ。センスなくてもアプリ駆使してセンスありげに盛りたいですよ!

 

かつては「SNSは魂を吸いとるんじゃ~」と謎のポリシーで頑なにSNSを忌み嫌っていた私。魂を売ってFacebookを始めて半年以上経った頃、付録が「インスタ映えする3色スマホライト」だったんで、シワシミを軽減して少しでも現実を誤魔化してくれるかしらと、うっかり小学館『美的』7月号を買ってしまいました。

 

あたしも人生演出してるわ! 薄っぺら! これだからSNSは怖い! いまは3色を全く使いこなせていないので、それらを自由自在に使えるSNSテクニシャンになることが年内の目標です☆

 

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コラムニスト

河崎 環

河崎環(かわさきたまき)/コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川県育ち。桜蔭学園中高から転勤で大阪府立高へ転校。慶應義塾大学総合政策学部卒。欧州2カ国(スイス、英国ロンドン)での暮らしを経て帰国後、Web...

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