【中年名車図鑑|3代目ホンダ・シビック】ルイ・アームストロング『What a Wonderful World』を聴くたびに思い出す

車・交通

大貫直次郎

約6年ぶりに日本での販売を開始するホンダ・シビック。新しいグローバルプラットフォームを採用した10代目を見て、「大きくなったとはいえ、やっぱりホンダの大衆車の原点はシビックだよなぁ」と思った方も多いはず。今回はシビックの日本市場復活を記念して、大ヒットした3代目の“ワンダー”シビック(1983~1987年)で一席。

 

 

【Vol.27 3代目ホンダ・シビック】


安定したスタイルに豊かな居住空間を内包する新ミドルクラス車のアコードや台形プロポーションの進化を図った2代目シビックを世に送り出した1970年代後半の本田技研工業。一方で同社の開発現場では、1980年代に向けた新世代の車両デザインを鋭意模索するようになる。欧米を含めた市場ニーズを入念に精査し、そのうえで従来以上のホンダらしさ、すなわちプロダクトアウトを検討した結果に生み出されたのは、人がいる居住空間とユーティリティは大きく、エンジンやサスペンションなどのメカニズム部分は小型・高密度で高性能という、いわゆる“M・M(MAN-MAXIMUM MECHA-MINIMUM)思想”の具現化だった。

 

 

■M・M思想のもとに空力フォルムに磨きをかけた3代目シビック


ホンダ渾身のM・M思想は、1983年9月に全面改良された3代目“ワンダー”シビックにおいて、大きな発展を遂げる。新車両デザインのハッチバックとセダンに加え、多用途ワゴンのシャトルを創出したのだ。

 

84年に登場したハッチバックのSi。“エアロライナーシェイプ”をうたう斬新なデザイン


各ボディのデザインを見ていこう。まずハッチバックは“エアロライナーシェイプ”を主張し、ワイド&ローのビュレット(弾丸)形状に斬新なロングルーフ、大型一体成型のエアロバンパー、五角形を基調にしたペンタヘッドライト、横一列に配置したパノラミック・リアコンビネーションランプ、大型曲面ガラスを組み込んだクリスタルゲートなどを採用する。セダンは“エアロウエッジシェイプ”のキャッチで3BOXフォルムの新鮮さを強調。具体的には、大型一体成型のエアロバンパーにヒップアップしたテールエンド、滑らかでスポーティなアレンジのフルドア、室内空間の広さと快適さを予感させるワイドなグラスエリアなどを導入した。そしてシャトルは“T(トール)&W(ワイド)スクエアシェイプ”と表現。高めに設定したボディ高(1480~1510mm)をベースに、大型一体成型エアロバンパー+フロントロワスカートや国産車初のテールゲートアッパーガーニッシュ、新発想のスカイライトウィンドウを含むワイドなグラスセクション、創造性あふれるフレックスシートなどを組み込んだ。各ボディに共通していたのは空力特性の良さで、フラッシュサーフェス化などの効果によってCd値(空気抵抗係数)はハッチバックが0.35、セダンとシャトルが0.39を実現していた。

 

大型リアガラスに配された横一列のリアコンビネーションランプが特徴的


搭載エンジンは、1気筒当たり“3バルブ”化を果たしたクロスフロー方式の1.5リッターと1.3リッターの2機種を設定する。1気筒当たりにΦ27mm×2の吸気バルブとΦ32mmの排気バルブを備え、B.C.トーチ(Branched Conduit Torch=分岐トーチ)付き副燃焼室とスキッシュ付きペントルーフ型主燃焼室でユニットを構成したEW型1488cc直列4気筒OHC12Vは、PGM-FI(電子制御燃料噴射装置)仕様で100ps/13.2kg・m、キャブレター仕様で90ps/12.8kg・mを発生。またEV型1342cc直列4気筒OHC12Vでは、80ps/11.3kg・mのパワー&トルクを絞り出した。3バルブエンジンは小型・軽量化にも積極的にアプローチし、クラス初の4連アルミシリンダーブロックやクランク直結のトロコイドオイルポンプ、カム・ダイレクト駆動のディストリビュータなどを採用している。この新エンジンを支えるシャシーについては、フロントにトーションバー・ストラット式、リアにトレーリングリンク・ビーム式の“スポルテック(SPORTEC)サスペンション”を採用。ボディタイプに即して、それぞれ専用セッティングを施す。ホイールベースはハッチバックが2380mm、セダンおよびシャトルが2450mmに設定した。


ワンダー・シビックは広告展開、とくにCMが印象的だった。山間にたたずみながら日差しを浴びて光り輝くハッチバック、アウトドアレジャーの移動手段として躍動するシャトル、明るいネオンに照らされながら都会を疾走するセダン、そしてBGMはルイ・アームストロングの名曲『What a Wonderful World』。お洒落でシックな映像と音楽は、ワンダー・シビックのキャラクターをよりスタイリッシュなイメージへと昇華させていた。

 

上からシャトル、セダン、ハッチバック。居住スペースは広く、メカ部分は小さくという“M・M(MAN-MAXIMUM MECHA-MINIMUM)思想”を具現化したモデルだ

■F1テクノロジーが結集した4バルブDOHCエンジンを採用


1984年11月には、ハッチバックモデルにZC型1590cc直列4気筒DOHC16Vエンジンを採用したSiグレード(型式はAT)を追加する。ZC型は当時の本田技研工業がF1レースで培かった独自のエンジン技術を基に開発した小型高性能DOHC16Vユニットで、市販乗用車で世界初の4バルブ内側支点スイングアーム方式のシリンダーヘッドやカム形状に沿って内部を肉抜きした、これまた世界初の異形中空カムシャフト、小型・軽量の4連アルミシリンダーブロック、火炎伝播と燃焼効率にすぐれたペントルーフ形燃焼室およびセンタープラグ配置、吸排気の脈動効果に優れた等長インテークマニホールド、4-2-1-2のエグゾーストシステム、専用セッティングのPGM-FIといった先進機構を採用する。得られたパワースペックは最高出力が135ps/6500rpm、最大トルクが15.5kg・m/5000rpmとクラストップレベル。


しかも、10モード走行燃費が14.8km/リッター(5速MT車)と、優れた経済性も実現していた。また、高性能化に即して新設計の等長ドライブシャフトや水冷多板式オイルクーラー、強化スタビライザー、60扁平タイヤ(185/60R14)、セミメタルブレーキパッド、サイドサポートアジャスター付きドライバーズシートなども装備。エクステリアでは、パワーバルジ付フロントフードやボディ同色のカラードバンパーなどを組み込んでいた。


1985年2月には、セダンにもSiグレードを用意。1985年9月になるとマイナーチェンジを行い、内外装デザインの一部変更やロックアップ機構付き4速ATの設定などを実施する。1986年9月には、特別仕様車のホワイトシビックとリアルタイム4WDのシャトルを発売。そして、日本車のモデルチェンジのルーティンである4年が経過した1987年9月に第4世代の“グランド”シビックに切り替わったのである。

 

ハッチバックSiのインテリア。コンパクトなボディながら、居住空間はたっぷりとられている

■JTC7連覇の出発点となったAT型ワンダー・シビック


ところで、ワンダー・シビックといえば忘れられないトピックがある。全日本ツーリングカー選手権(JTC)での活躍だ。ベース車はZCエンジンを搭載したAT型で、1985年シーズンの第3戦西日本よりグループA・Div.1(排気量1600cc以下)で参戦する。ドライバーは中嶋悟/中子修選手組という豪華な布陣で、第4戦の鈴鹿ではBMW635CSiや日産スカイラインDR30など排気量が勝るマシンを抑えて見事に総合優勝を成し遂げた。続く1986年シーズンからは無限を介してエントリーし、ドライバーは中子修/佐藤浩二選手組にチェンジ。同時に、他チームへの本格的な車両供給も開始する。しかしこの年は、速さは示せたもののリタイアが多く、カローラ・レビンAE86の後塵を拝して成績は低迷した。そしてJTC3シーズン目の1987年は、車名をMOTUL無限CIVICに、ドライバーを中子修/岡田秀樹選手組に変えてエントリーし、シリーズ全6戦すべてでクラス優勝。ドライバーズとマニュファクチャラーズのダブルタイトルを獲得した。翌88年シーズンは第1戦鈴鹿のみAT型で参戦し、以降はEF3型にスイッチ。そして、歴代シビックは1987年を含めて7シーズン連続でマニュファクチャラーズチャンピオンの栄冠に輝いたのである。

 

 

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大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バ...

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