電車の非常停止ボタンを押すかどうか問題。線路内に物を落としたら?間違って押したときの罰則は?

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先日、小田急線沿線で火災が起きた際に、火災現場の脇で非常停止していた小田急線の車両の屋根に火が燃え移る事故がありました。なぜこんなことになったのかというと、消防車のホースを現場近くの踏切に通すため、消防から警察に電車を停止させる要請があったようなのです。それを受けた警察官が非常停止ボタンを押したところ、電車の自動ブレーキが作用し、たまたま止まった位置が火災現場の脇だったそうです。

 

 

■警察官の対応に問題はあったのか?

 

事故の影響で、小田急線は新宿駅~経堂駅のあいだで約5時間半にわたって運転を見合わせ、約7万1千人の乗客に影響が生じたとのことです。

 

今回のケースで非常停止ボタンを押した警察官の対応は、結果的にみると最善ではなかったのかもしれません。しかし、一刻を争う状況下において、このような結果が生じることを瞬時に予見することは困難です。そのため、警察官に何らかのミスがあったとしても、直ちに責めることはできないでしょう。

 

 

■非常停止ボタンを巡る疑問点

 

電車で移動することが多い人にとって、電車の遅延に遭遇することは珍しいことではありません。遅延の原因の報告として「非常停止ボタンが押されたため」というアナウンスを耳にする機会も多いでしょう。

 

非常停止ボタンが押されたことによって事故を免れることができたのであれば、電車の遅延は仕方ありません。しかし、非常停止させるべきではない場合……非常停止ボタンには、非常の場合以外に使用すると処罰される旨の記載があるものもあります。

 

それでは、どのような場合に非常停止ボタンを押すべきなのでしょうか。使用すべきでない場合に押してしまったら、処罰されたり、損賠賠償を請求されたりするのでしょうか。

 

 

■非常停止ボタンは“人に危険が及んでいるとき”に押すべき

 

国土交通省作成の「鉄道の安全利用に関する手引き」には、以下の記載があります。

 

プラットホームから線路内に転落した人を見たときなど、急いで列車を停止させる必要があるときは、一部の駅では列車非常停止装置があるので、ためらわずに使用しましょう

 

こちらの記載から、非常停止ボタンを押すべきときは“急いで列車を停止させる必要があるとき”であることがわかります。この必要性をどう判断すべきかが問題です。

 

非常停止が必要な例として「プラットホームから線路内に転落した人を見たとき」が挙げられています。この場合、人の生命・身体に危険が及んでおり、電車を非常停止させることで危険を回避できる可能性が高まることから、使用すべきだということは理解できます。

 

それでは、線路内に落とした物を拾いたい場合はどうでしょうか。物を落とした本人からすると「急いで列車を停止させる必要がある」と考えるかもしれませんが、必要性の有無は主観的にではなく、客観的に判断されるべきです。

 

例えば、落とし物が小さな物であれば電車と線路の隙間に収まり電車が通過しても木っ端微塵になる可能性は低いでしょう。この場合、電車の通過後に駅員に拾ってもらえばよいので、非常停止の必要があるとはいえません。大きな物を落としてしまい、その落し物が電車と接触する可能性がある場合は、電車の往来に危険が及ぶかどうかで必要性を判断すべきです。

 

つまり、落とし物の破損という所有者の経済的な損失の都合は“必要性”の判断基準にすべきではないということです。これは、電車を緊急停止させることのほうが桁違いに社会経済に及ぼす損失が大きいことを考えれば、明白でしょう。

 

 

■もし“いたずら”で非常停止ボタンを押した場合…

 

電車の非常停止ボタンを使用すべきでない場合に押してしまうと、当人にどのような不利益があるのでしょうか。この場合、不利益としては刑罰と損害賠償の2つが考えられます。

 

刑罰については「威力業務妨害罪」で処罰される可能性があります。威力業務妨害罪とは、威力を用いて人の業務を妨害する行為に適用されるものであり、威力とは、人の自由意思を制圧するに足る勢力の使用を指します。この威力業務妨害罪が成立すると、3年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられます。

 

なお、非常停止させるべきではないのにボタンを押した場合であっても、判断ミスによる場合は、故意ではないことから威力業務妨害罪は成立しません。

 

次に損害賠償請求についてお話します。民法には「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」(709条)とあります。

 

電車が非常停止すると、運転再開までのあいだ電車が停まるだけでなく、その後のダイヤにも影響を与えます。結果、鉄道会社には対応に当たる人件費や振替輸送の費用等の損害が生じます。非常事態でもないのに故意又は過失(いたずらや勘違い)によって非常停止ボタンを押し、鉄道会社に損害を生じさせた場合は、その損害を賠償しなければなりません。

 

 

■人が落ちたと勘違いして非常停止ボタンを押したら“過失”になる?

 

いたずらの場合は賠償請求されて当然です。しかし、勘違いの場合でも常に賠償を請求されてしまうならば、いざという場面に遭遇しても、ボタンを押すことを躊躇してしまうでしょう。そうなると、慎重に検討しているうちに非常停止が間に合わず、事故を回避する目的が果たされなくなるおそれがあります。

 

実際に、人が線路に落ちたと勘違いして非常停止ボタンを押してしまった場合──実は、過失とみなされない可能性が高いのです。緊急性を要するなかでの判断なので、過失かどうかは、ある程度ゆるやかに判断されます。人命が第一です。危険だと思ったら、ためらわずに非常停止ボタンを押しましょう。

 

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弁護士

今村隆信

弁護士。法科大学院卒業後、弁護士法人ベリーベスト法律事務所に入所。「依頼者にとって最良の結果になるよう、最後まで誠実に取り組むこと」を職務信条とし、常に依頼者の不安や疑問の声に耳を傾け、状況や問題点を...

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