麻酔薬を染み込ませたハンカチを口に押し当てたら、人は本当に寝てしまう?

ライフハック

citrus おかだ外郎

麻酔薬を染み込ませたハンカチを口に押し当てたら、人は本当に寝てしまう?

白黒テレビ全盛期(前世紀)、悪漢がいたいけな少女を後ろから襲い口にハンカチを押し当てると数秒で少女はぐったり、というシーンがけっこう登場しました。「昔は多かったが今はテレビに登場しないシーン」です。

 

演出意図としては、ハンカチにエーテルだかクロロホルムだかの麻酔薬がしみこませてあってそれを少女が吸うことで麻酔がかかってしまった、ということだったのでしょう。当時は、手品師がぱちんと指を鳴らすと助手の色っぽい女性が瞬時に“催眠術”にかかってぐったり、ということも“普通”だったので、私は「ハンカチで麻酔」にも疑問を持ってはいませんでした。

 

今は持っています。一呼吸で人を寝かせるような強力な麻酔薬を染みこませたハンカチをむき出しでポケットに入れていたら、まず自分が寝ちゃうでしょう。これは高校の頃にやっと抱いた疑問でした。

 

さらに医学部で「瞬時に効くガス麻酔薬はない」ことを習ってしまいました。

 

ガスで麻酔をかける場合には、何呼吸も何呼吸も麻酔ガス(と酸素の混合気)を吸ってガス成分の血中濃度がじわじわと上昇して一定以上にならないと、人は寝ないのです。これが静脈注射で麻酔薬を打ち込むのだとしたら、強制的に血中濃度をどんと上げることができますから、ほぼ“瞬時”に寝かせることができます。ただしこの場合でも、注射液を含んだ血液が「静脈」「心臓の右側」「肺」「心臓の左側」「動脈」を通って「脳」に到達する時間は必要ですから、厳密には「瞬時」ではありません。数十秒下さい。

 

 

さらに問題は「興奮」です。麻酔をかけるのだから興奮しないはずですが、話はそう簡単ではありません。「意識が普通にあるレベル」と「手術ができるくらいしっかり麻酔がかかっているレベル」の中間に「興奮期」と呼ばれる時期があります。この時には「大脳の抑制が取れてしまっている」ため、ちょっとの刺激で大暴れになることがあるのです。そしてこの時期は、麻酔をかけるときと麻酔を醒ますときと、その両方で出てきます。ここをいかにスムーズに通過させるかも麻酔医の腕の見せ所です。

 

私は、ガス麻酔だけで麻酔をかけるシーンに遭遇したことがありますが、十分に麻酔がかかったことを麻酔医が確認するまで手術室は「サイレントモード」になっていました。これがコメディ映画だったら、そそっかしさを表現するために誰かが金属トレイか何かを落っことして手術室中に大音響を響かせるシーンだけど、なんて思いましたが、現実の手術場はコメディ映画ではなかったようで、ずっとしーんとしたままでした。

 

どうしても「ハンカチで麻酔」をかけたかったら、手はあります。たとえば、「タイムふろしき」ならぬ「タイムハンカチ」と「ガス麻酔薬」の組み合わせで時間を加速させるのはどうでしょう。これなら麻酔薬の効果発現を“加速”できますから、あっという間に「ぐったり」にできるでしょう。もっとも、そんなハイテクを昭和の中ごろに持っているのなら、少女を拐かすよりももうちょっとすごいことができそうにも思えますが。

この記事が気に入ったらいいね!しよう

citrusの人気記事をお届けします

SNSで記事をシェア

おかだ外郎

山奥~島~都市、診療所~内科外科の小病院~精神病院~総合病院、経験のバリエーションだけは豊富な、本好きの臨床医です。現在は内科とリハビリテーション科を兼任しています。

ページトップ