【中年名車図鑑|スズキ・マイティボーイ】軽自動車の新境地! 80年代の若者に夢を与えた「スズキのマー坊」

車・交通

大貫直次郎

鈴木自動車工業は1982年6月に軽スペシャルティカーのセルボのフルモデルチェンジを実施する。そして翌83年2月には、このモデルをベースとする新種の軽ピックアップをリリースした――。今回は「スズキのマー坊とでも呼んでくれ」というキャッチで注目を集めたマイティボーイ(1983年~1988年)で一席。

 

 

【Vol.36 スズキ・マイティボーイ】


排出ガス規制やオイルショックなどの逆境を持ち前の創意工夫で乗り越えた鈴木自動車工業(現・スズキ)は、1980年代初頭になると軽自動車の刷新および車種ラインアップの拡充を積極的に行う。その一環として1982年6月には、スペシャルティ軽のセルボを第2世代のSS40型系に切り替えた。


FFレイアウトの5代目フロンテ/初代アルト(1979年5月デビュー)の基本コンポーネントをベースとし、ファストバッククーペの小粋なスタイリングを纏った2代目セルボは、当時の軽自動車のメインユーザーだった女性層を意識して車両デザインを構築していた。広告展開ではイメージキャラクターに浅丘ルリ子さんを起用し、「セルボにはいい男を乗せて走りたい」というセリフとともに、エレガントでお洒落なイメージを創出する。女性向けのスペシャルティ軽に変貌した2代目セルボ――実はこの戦略をとったのには理由があった。開発現場では2代目セルボを基に、若い男性向けのスペシャルティ軽を鋭意企画していたのだ。

 

 

■若者層の男性に向けた新ジャンルの軽自動車を画策

 

2シーター&ピックアップと遊び心満載のパッケージング。いままでにない軽自動車の楽しみ方を提案した

セルボに続く新世代スペシャルティ軽の第2弾は、英語のMIGHTY(力強い)とBOY(少年、少年っぽい)を組み合わせた「マイティボーイ」(SS40T)という車名を冠して1983年2月に市場デビューを果たす。基本スタイルはBピラーから前をセルボと共通化しながら、後部に荷台を設置してピックアップの造形を構築。荷台内部にはプレスラインを入れ、後端には下ヒンジ式のゲートを組み込んだ。また、専用アレンジとして丸形2灯式のヘッドランプ(セルボは角形2灯式)やデッキカバーなどを設定する。荷台長は660mm、最大積載量は200kg(一般的な軽トラックは350kg)と積載能力は大したことなかったものの、その独特のフォルムは数ある軽自動車の中でも異彩を放った。2シーターレイアウトで構成した室内は、シートにリクライニング機構とスライド機構を組み込むなどして快適性を確保。傾斜したAピラーおよび適度にタイトなコクピットは、スポーティな雰囲気が存分に感じられた。


パワートレインに関しては基本的にセルボと共通で、低中速トルクを重視したF5A型543cc直列3気筒OHCエンジン(28ps/4.2kg・m)に4速MTのトランスミッション(後に2速ATを設定)を組み合わせる。サスペンションには専用セッティングの前・ストラット/コイル、後・縦置半楕円リーフスプリングを採用。ボディサイズは全長3195×全幅1395×全高1290㎜/ホイールベース2150mmで、車重は510~520kgと軽量に仕上がっていた。


ちなみに、デビューから8カ月ほどか経過した1983年10月開催の第25回東京モーターショーでは、ジムニー1000(SJ40)のシャシーにマイティボーイのボディを架装した参考出品車の「マイティボーイ4WD」が披露される。RVピックアップとしての完成度の高さが好評を博したものの、残念ながら市販には至らなかった。

 

 

■「金はないけどマイティボーイ」

 

2シーターながら、シートはリクライニング&スライド機構付き。コクピットは適度にタイトでスポーティな雰囲気


ベーシックモデルのPS-A、上級グレードのPS-Lという2タイプの車種展開でスタートしたマイティボーイは、「スズキのマー坊とでも呼んでくれ」というキャッチコピーから“マー坊”というニックネームで呼ばれ、市場で注目を集める。また、45万円~という車両価格を強調したCMでの歌詞、「金はないけどマイティボーイ」も話題を呼んだ。


1985年2月になると、新鮮味をアップさせるためのマイナーチェンジが行われる。外装では角形2灯式ヘッドランプの採用やグリル造形の刷新、ルーフレールの設定(デッキカバーは廃止)などを敢行。内装ではタコメーターやトリップメーターの標準化など、装備の充実化が図られる。メカニズム面ではエンジンの出力アップ(31ps/4.4kg・m)のほか、PS-Lのフロントブレーキのディスク化や12インチホイールおよびラジアルタイヤの装着、トランスミッションの5速化などを実施した。

 

 

■新車時よりも絶版車になってからのほうが人気アップ!?

 

“スペシャルティ軽”という独創的なキャラクターで話題になったが、ビジネス的にはいまひとつだった。絶版後に中古市場で再評価されたのは皮肉な話だ

個性的なスペシャルティ軽として脚光を浴びたマイティボーイだったが、販売台数の面では伸び悩み、結果としてセルボのフルモデルチェンジに時を合わせて1988年1月に販売を終了。1代限りで姿を消した。しかし、その唯一無二のキャラクターは絶版になった後のユーズドカー市場で再評価され、新車の時以上に高い人気を獲得する。とくに改造好きのユーザーから好評を博し、ターボ付きのF5A型やF5B型エンジンへの換装、アルト・ワークスなどからの足回りの移植、ロールバーの設置、タイヤのワイド化、バケットシートの装着などを行ったカスタムバージョンのマイティボーイが出現することとなった。


中古車市場におけるマイティボーイの人気を、スズキ本体も注目したのだろう。2015年開催の第44回東京モーターショーでは、「マイティデッキ(MIGHTY DECK)」と称する参考出品車を雛壇に上げた。“都会と自然”“ウチとソト”“オンとオフ”“リラックスとプレイフル”といった、相反する2つのシーンを自由に行き交う“アーバンアウトドア”をコンセプトとした軽自動車規格のマイティデッキは、ボディ後部を可動式のオープンデッキ(荷台)で構成する。その遊び心あふれる独創的なキャラクターは、まさにマイティボーイのDNAを引き継ぐスペシャルティ軽といえた。

 

 

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大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バ...

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