妊婦のシートベルト着用率──先進国のなかで日本が異常に低いのはなぜか?

車・交通

 

■「車の振動が胎児に悪影響だから車に乗るな」、なんていう医者がいまだにいる。

 

筆者は2000年の第一子出産を機に、妊婦のシートベルト着用を推進する会を立ち上げて全国の産婦人科や小児科の先生方と一緒に啓発活動を行って来た。産婦人科の医師たちにも何度か「妊婦のシートベルト着用」に関してリサーチをかけたわけだが、結果はいつも絶望的なものだった。

 

「運転はもちろん、同乗するのも良くない」「おなかにベルトを掛けるなどもってのほか」という医師(60歳以上の医師が大半)が多く、その理由は、「車の振動が胎児に悪影響を与える」「振動によって逆子になる」「おなかを圧迫するのでダメ」……だいたいがこんなところだった。もちろん、一般的な車で舗装路を普通に走るぶんには振動等何も影響しないし、振動によって逆子になることなどない。医者に世間知らずが多いとはよく言われるが、「私の車はメルセデス・ベンツだから運転席でシートベルトをしなくても、エアバッグだけで大丈夫」なんて真顔で言う医者も少なくない。妊婦の交通外傷に詳しい医師などわずかしかいないのだ。ベルトに対する正しい知識を妊婦に与えられるはずもない。

 

 

■「ベルトをせずに捕まったら妊婦だといえばいい」という妄言

 

妊婦のベルト装着率は、2000年初頭の各種調査によるとどれも半数以下であった。これに対して欧米先進国ではほぼ100%に近い。この数字はおそらく今もあまり変わっていないだろう。着用率が低い理由のひとつは前述したように主治医の無知、絶望的な誤解にあると思うが別の要因もある。

 

日本では1985年に運転席・助手席のシートベルト着用が義務付けられて以降、全国的にシートベルトの取り締まりが盛んに行われてきた。その際に「女性はベルトしなくて捕まったら、妊婦だといえば見逃してくれる」という妄言が普及した。当時大学生だった私は「へ~そうなんだ。いいこと聞いたわ。ベルトなんて窮屈だもんね」(←バカ)なんて思ったわけだが、これが女性や妊婦の間で広まり、知らず知らずのうちに「妊婦はベルトをしていなくても捕まらない」→「妊婦はベルトをしなくていい」→「妊婦はベルトをしてはいけない」という誤解が広まったのだろうと思う。また、当時、後部座席のほとんどは2点式ベルトであったので、衝突時のエネルギーをすべて腰ベルトで受けることになり、それでは妊婦にとって確かに危険だったとも言える。

 

 

■米軍基地では、陣痛に苦しむ妊婦であってもベルト無しではゲート通過不可!

 

私の友人Rがかつて米軍横須賀基地内の病院(産婦人科)で通訳をやっていた頃に聞いた話である。旦那さんが米軍のアメリカ人で日本人の奥さんは出産間近という状況。陣痛が始まり、だんだんと間隔も短く、痛みも激しくなってきた。そこで、自宅から車で基地内の病院に向かったわけだが、なんと、基地のゲートで車を止められ、基地内に入ることが許されなかった。その理由は「シートベルトをしていない者は基地内に入れない」「状況はどうあれ、ベルト着用は義務」ということだった。そして日本人妻は苦しみながらもベルトを装着し、基地内進入が許可され無事出産となったそう。日本では考えられない話だが、日本の中のアメリカではごく当たり前の話。アメリカではシートベルト装着は自らの命を守るために当然のことで、絶対必要なことなのである。

 

 

■2008年(平成20年)に「交通の方法に関する教則」の一部が改正されて「妊婦のシートベルト着用」が推奨されている。

 

2008年11月に妊婦ベルト界に画期的、いや歴史的な出来事があった。「交通の方法に関する教則」(国家公安委員会告示)に妊婦のシートベルト着用を勧める一文が追加されたのだ。これは同年春に発刊された「産婦人科診療ガイドライン」(日本産婦人科学会)に「妊婦さんからシートベルト着用に関して尋ねられたら?」という項目があり、その回答欄には、初めて以下の内容が追記されたのである。

 

「斜めベルト(肩ベルト)は両乳房の間を通し、腰ベルトは恥骨上に置き、いずれのベルトも妊娠子宮を横断しない」という正しい装着により交通事故時の障害を軽減化出来ると説明する。

 

「赤ちゃんの命を守るには、まずお母さんの命を守ること」そのためのシートベルトなのである。

 

 

■二つの命を守るためのシートベルト着用法とは?

 

以下は妊婦のための正しいシートベルト着用方法を啓発するポスターである。ポイントは、

 

・肩ベルト、腰ベルトともにお腹の膨らみを避ける

 

ということである。腰ベルトは車やバックルの位置、妊婦の体型や座り方によってはお腹の下に位置をキープすることが難しい場合もあるので、妊婦用の補助ベルトを使うのも一考かと思う(ただし、自動車メーカーはかたくなに推奨しない。)

 

なお、ベルトを装着しないで衝突事故に遭遇した場合、だいたいは窓ガラスを突き破って車外放出されて路面や他の交通に激突するか、ダッシュボードで頭を強打するなどして妊婦自身が死亡する危険性は大きい。妊婦が死亡すれば胎児も死亡する。死んだ妊婦の子宮が破裂を免れたとしても、二つの命が失われては何の意味もないのだ。たとえ、ベルトのかけ方が悪く(お腹を横切る)、事故に遭って子宮破裂となり赤ちゃんが亡くなった場合でも妊婦自身の命は守られる可能性が大きい。二つの掛けがえのない命を0にするか、1にするか、2にするか……それは、シートベルト着用とその正しい着用方法にかかっている。

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自動車生活ジャーナリスト

加藤久美子

山口県生まれ 学生時代は某トヨタディーラーで納車引取のバイトに明け暮れ運転技術と洗車技術を磨く。日刊自動車新聞社に入社後は自動車年鑑、輸入車ガイドブックなどの編集に携わる。その後フリーランスへ。一般誌...

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