低迷時代を乗り越えて…サザンはいかにして国民的バンドとなったのか?

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デビューから来年で40周年、サザンオールスターズが日本の音楽史に残した功績ははかり知れない。一方で、サザンの音楽があまりにも日本人にとって身近でありすぎたため、彼らを深く批評する言葉が意外にも少ないのが驚きだ。

 

『サザンオールスターズ 1978-1985』(スージー鈴木/新潮社)はサザンオールスターズがデビューしてから、キーボードの原由子が産休に入り活動休止するまでの初期8年間についての音楽評である。ここでは、お茶の間の人気者としての桑田佳祐や、「エッチで夏の代名詞」というパブリックイメージについての記述はほとんどない。純粋に8年間でサザンが発表してきた音楽を通し、彼らが国民的バンドに到達するまでの試行錯誤を明らかにするのである。

 

1978年のデビュー曲、「勝手にシンドバッド」が時代に与えた衝撃はその後も語り継がれているので、若いファンの耳にも入っているだろう。“胸さわぎの腰つき”をはじめとするフレーズと底抜けに明るい曲調で、サザンはあっという間に時代の寵児となる。まさにソングライター桑田の才能が世に出た瞬間だったが、著者の視点はより鋭い。松田弘(ドラムス)、関口和之(ベース)のリズム隊の素晴らしさに触れるなど、新しい聴き方を提示してくれる。桑田のボーカルに矢沢永吉からの影響が感じられるという指摘は目から鱗だ。(桑田がソロ曲で矢沢を揶揄するような表現があったことから、2人に関連性を見出していたファンはほとんどいなかった)

 

サザンのキャリアについて見過ごされている事実も本書は振り返る。著者は初期サザンの黄金期を3期に分ける。第1期は「いとしのエリー」をリリースしNHK紅白歌合戦に初出場した1979年、第2期は「チャコの海岸物語」をリリースし桑田の楽曲が次々に大物歌手へと提供された1982年、そして第3期は音楽的に成熟し初期の最高傑作アルバム「人気者で行こう」をリリースした1984年である。つまり、第1期黄金時代と第2期黄金時代の間には2年間のブランクが存在している。

 

この間、サザンは活動が停滞していたわけではない。むしろ、創作意欲が際立っていた時期だといえる。しかし隠れた名曲こそあるものの、ヒット曲は生まれず。シングルの売上は70万枚を売り上げた「いとしのエリー」の20分の1以下になったときもあった。

 

サザンは「いとしのエリー」のヒットによって自由な音楽制作ができると考え、実験的なシングルを連続リリースしたが、そのことでお茶の間のファンが離れてしまったのだ。また、当時はサザンをコミックバンドとしてキワモノ呼ばわりする風潮も強かった。打開策として、「チャコの海岸物語」でサザンは「マーケティング」に目覚めたと著者は解説する。歌謡曲をパロディ化した作風に、「エボシ岩」など過剰にサザンらしさが詰め込まれた歌詞は「なんとしてでもヒットを出そう」というバンドの決意の表れだったのである。以後、桑田の絶妙なマーケティング感覚は、バンドがセールスを拡大していくうえでの原動力となった。

 

佐野元春や山下達郎といった刺激しあえるミュージシャン仲間の存在、海外で起こったニューウェーヴの影響など、著者はサザンの音楽的進化を多角的に語っていく。常に時代の最先端と接点を持ちながら、冒険心と大衆性を両立させてきたサザンの歩みが、著者のサザン愛あふれる筆致で浮かび上がっていく。サザンは2014年にNHK紅白歌合戦と年越しライブでの行動が元で「炎上」を引き起こしたが、それもサザンを「健全な国民的バンド」とする誤った認識が蔓延しているからではないのか。著者が主張する「ラジカルでポップ」なサザンの原点を、本書から学んでみることが重要だろう。何より、初期サザンを知らない若いファンが、本書をきっかけにして彼らのヒストリーを遡ってくれるのが待ち遠しい。

 

文=石塚就一

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