【今週のTOKYO FOOD SHOCK】まことしやかに語られる「日本人が麺をすする」3つの理由…果たして真相は?

ライフスタイル

 

秋の新そばが収穫シーズンを迎える今日このごろ、本日も編集部のほうから「なぜ日本人は麺をすすって食べるのか、論じてください」というお題が飛んできました。この手の話題はネットで定期的に話題になりますし、以前「ヌーハラ(ヌードルハラスメント)騒動」(※)のときにも原稿を書きました。確か「(少なくとも国内においては)食べる方も、聞こえちゃう人もあまり気にしないほうがいい。聞こえよがしに長ったらしくズルズルズゾーという音を立てる人以外は」というようなことを書いたと思います。

 

※2016年、「麺をすするズルズル音がハラスメント化している」という、現実には確認できないハラスメントをTwitterの1アカウント(現在は削除済み)が喧伝したところ、地上波も含めた一部メディアが取り上げ、あたかも社会問題かのように扱った騒動。生活者だけでなく、メディア側のリテラシーも問われた。

 

細かい話をすればルールやマナーは店と客の関係性の数だけ存在しますし、一般的なマナー以上の不寛容さを飲食店に持ち込む人の気持ちはよくわかりません。そういう方は、マイルールやマイマナーが適用できる、クローズドな場所のほうがよほど気持ちよく食事ができると思うのですが。

 

いきなり話が逸れました。上記のようなスタンスはいまも変わりませんし、僕自身も「ズッ!」と短くはありますが、音は立てます。だってそのほうがおいしいんですから。実際、今回のお題のような「音を立てる理由」はそうした味の麺……ではなく面から語られがちですが、音を立てるようになった経緯には、いくつかの説があります。一度整理してみましょう。

 

  1. ラジオ全盛時、落語における噺家の過剰な演技が広まった
  2. そばと汁を空気とともに吸うことで、香りも楽しめるようにすすった
  3. そばは屋台の庶民食。素早く食べると音は立つ。それが当たり前になっていった

 

いずれも要素としてはあり得る話かもしれません。ただしどれも決め手に欠けたり、現実との齟齬が見受けられます。

 

例えば1.については、ラジオが普及する以前からそばをすする習慣はあったと言われますし、江戸幕府開府前の1585年にルイス・フロイスが記した『日欧文化比較』にも「日本人は汁がないと食事ができない」「日本人たちの間では大きな音を立てて食事をすることは礼儀正しいこと」と書かれています。少なくとも「汁があって当然」という環境で「大きな音を立てて食事をする」こと自体、江戸時代以前から忌避感はなかったと考えるのが妥当です。

 

2.もよく言われる話ですし、例えばワインのテイスティングも、口内に空気を取り込むことで、より明確に味を感じ取ることができると言います(音も立ちます)。ただ、「味わう」ことを目的に音を立てるようになったかというと疑問です。「そば切り」が文献で確認されるようになるのは前出のルイス・フロイスの『日欧文化比較』が出版された頃。流行してすぐ「味」のために「すする」という行為にたどり着いたというのは、少々不自然に思えます。

 

3.も可能性としてはありそうですが、空想の域を出ず、もうひとつふたつ、論拠がほしいところです。

 

そんなことを考えながら伝承料理研究家の奥村彪生さんの『日本めん食文化の一三〇〇年』(農文協)をめくっていたら、あるページで、はたと手が止まりました。

 

「そば切が完成期を迎える元禄から延宝にかけてそば切のつけ汁は(中略)塩っぱい味が勝った辛汁だった」

「江戸っ子と呼ばれる粋を求める人達にはこの辛汁をゆでて冷やし洗ったそば切の先にちょいと付け、一気にすすった。そのことが格好良く、かつ快感だった」

「そば猪口収集家の話によると初期のものは小さく(中略)だんだん大きくなっているという。このことはそば切のつけ汁の塩鹹さが薄れ、甘くなってきたことを物語っている」

 

後の小咄にも「一度でいいから、そばにつゆをたっぷりつけて……」とあります。現代でも、浅草・並木藪のきりっとした辛汁にそばをたっぷり浸けてすする人は見かけません。それでは辛すぎるからです。

 

とはいえ先端だけを辛汁につけていた当時、ゆっくり食べていたら汁の部分にたどりつかず、味覚のトリガーである塩味やうま味なしにそばを食べねばなりません。それは困る。一気に吸えば、生(き)のそばの風味を味わった一瞬あとに、味覚のトリガーとしての辛汁が機能しますし、薄い汁にそば全体をとっぷりつけるより、味のグラデーションも楽しめます。

 

もちろん先に挙げた説が連動していて、すべてが正解という可能性もあります。しかしそばを食べる行為を指して使う「手繰る」という言葉を額面通りに受け取ると、音を立てるようなすすり方とは乖離があるように思えます。

 

辛汁が登場したからこそ、音を立てて一気にすする日本人ならではの麺食いスタイルが確立された……。そんなふうに想像すると、並木藪のようなそば店へ明るいうちにふらりと立ち寄って「ズッ!」とすすりたくなります。もちろん、大衆食文化が発展した江戸時代に敬意を表するためには、当時流行した昼酒や天ぷらも欠かせません(たぶん)。

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フードアクティビスト

松浦達也

フードアクティビスト/編集者&ライター 『dancyu』などの食専門誌から新聞、雑誌、Webなどで、「調理の仕組みと科学」「食文化」「食から見た地方論」など幅広く執筆、編集を行う。テレビ、ラジオでの食トレンド...

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