【今週の大人センテンス】女子生徒に黒染めを強要した学校。私たち大人は日常生活で同じことをしていないだろうか?

話題

 

巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

 

第75回 努めて冷静に我が身を振り返りたい

 

「黒染めの強要は生まれもった身体的特徴を否定するもの。著しく不合理で教育上必要とはいえない」by大阪府立懐風館高校3年の女子生徒側の主張

 

【センテンスの生い立ち】

生まれつき頭髪が茶色いのに、髪を黒く染めるように繰り返し教諭らから強要されて精神的苦痛を受けたとして、大阪府羽曳野市の府立懐風館(かいふうかん)高校3年生の女子生徒(18)が、約220万円の損害賠償を府に求める訴えを大阪地裁に起こした。10月27日に第1回口頭弁論があり、府は請求棄却を求めて争う姿勢を示している。女子生徒は2年生の9月から不登校になり、翌10月の修学旅行への参加も認められなかったという。

 

【3つの大人ポイント】

  • 批判を恐れず、おかしいことはおかしいと声を上げた
  • 同じ目に遭って苦しんでいる人たちに希望を与えた
  • 日本の社会全体が抱える問題点にも気づかせてくれた

 

報道されている内容が事実だとしたら、あまりにもひどすぎる話です。学校や指導した教師は、なぜここまでのことができるんでしょうか。大阪府教育庁は「原告の主張は事実と異なる点もあるので今後の裁判で明らかにしたい」とコメントしていますが、細部が異なっていたとしても、ひどい話だという印象はひっくり返りようがない気がします。

 

いや、報道に流されて感情的に学校や教師に怒りをぶつけても仕方ありません。部外者である私たちが、わかりやすい「悪者」に寄ってたかって石を投げ、お手軽に留飲を下げるのは慎みたいもの。ひとつ間違えると、今まさに怒りを覚えている対象と同じことをやっている構図になってしまいます。激しく非難したくなる気持ちを全力で抑えて、冷静に批判し、我が身を振り返るきっかけにさせてもらいましょう。

 

いくつかの新聞記事を総合すると、学校を訴えた生徒側は、入学以来、次のようなことがあったと言っています。

 

  • 2015年4月の入学時、生徒の母親は生徒の髪が生まれつき茶色いことを学校側に説明し、黒染めを強要しないことを求めた。しかし教諭らは「生徒心得」に染色や脱色を禁じる記述があることを理由に、「その髪色では登校させられない」と黒染めを求めた。
  • 入学後、学校側は1,2週間ごとに黒染めを指導。2年生の2学期からは4日ごとに指導し、度重なる染色で生徒は頭皮がかぶれ、髪がぼろぼろになった。母親は抗議したが、学校側は「黒色にするのがルール」と受け入れなかった。
  • その後も、教諭から「母子家庭だから茶髪にしているのか」と中傷されるなど厳しい指導が続いた。女子生徒は指導中に過呼吸になり、救急車で運ばれたこともあった。
  • 昨年9月に「黒染めしないなら学校に来る必要はない」と言われ、以来不登校になった。同年秋の文化祭や修学旅行にも、茶髪を理由に参加が認められなかった。
  • 学校側は今年度の生徒名簿に女子生徒の名前を載せておらず、教室には席もない。ほかの生徒や保護者には、退学したと虚偽の説明をした。学校側は生徒の代理人弁護士に「たとえ金髪の外国人留学生でも規則で黒染めさせることになる」と説明している。

 

髪を染めることを禁じているのに頻繁に髪を染めさせるというのは、何かの冗談でしょうか。健康被害が出ているのに、それでも髪を染めろと強要するのは体罰以外の何ものでもありません。女子生徒側は「高校には生徒が健全に発育できる環境を作る義務がある」「黒染めの強要は生まれもった身体的特徴を否定するもの。著しく不合理で教育上必要とはいえない」とした上で、「生徒指導の名のもとに行われたいじめ」だと主張しています。

 

規則って何でしょうか。この学校と指導した教師は、何が大事で何を守りたかったのでしょうか。ネット上には「例外を認めるとほかの生徒に示しがつかない」という頓珍漢な主張もありましたが、それをきちんと納得させるのが「教育」です。そもそも「示し」なんかのために誰かを犠牲にしていいわけがありません。「嫌ならほかの学校に行けばいい」という主張もありましたが、なぜ嫌なことを嫌と言った側が、しかも理不尽な指導に抗議した側が、不自由を強いられなければならないのでしょうか。

 

残念ながら、こうした「行き過ぎた指導」は、今に始まったことではありません。生徒の「教育」ではなく、教師の都合や権力欲が優先されているとしか思えない状況も、昔からよく見聞きします。このニュースを知って、自分の過去の体験と重ねつつ激しい憤りを覚えた人も多いでしょう。そして「意味のない規則を守らされる状況」や「意味のない規則を守らせようとする人たち」は、学校だけでなく会社にも社会にもたくさんいます。

 

こういうことが起きるたびに、世の中には「長いものに巻かれる」ことや「権威に黙って従うこと」が大好きで、そういう自分に誇りを持っている人がいかに多いか、つくづく思い知らされます。なぜ学校や教師の側の事情を斟酌したり、単なる妄想で女子生徒側にも非があるような言い方をしなければならないのか。我慢させられている自分や理不尽な目に遭っている自分を正当化したいんだとしたら、じつに気の毒です。

 

訴えを起こした女子生徒側も、こうして報道されることによって、無責任で的外れな批判にさらされることは予想していたでしょう。それでも、おかしいことはおかしいと声を上げ、行動を起こしました。自分が通っている高校を訴えるというのは、単なる怒りや恨みだけではなく、よほどの強い思いがないとできません。その姿は、同じような目に遭って苦しんでいる人に、たくさんの希望や勇気を与えたはずです。

 

最初にも書いたとおり、ニュースを知った私たちにとって大切なのは、感情的になって石を投げることではなく、我が身を振り返って「自分は大丈夫だろうか」と考えてみること。私たちは「髪を染めろ」と誰かに直接命令することはありません。しかし、世の中には「みんな同じじゃなきゃいけない」「『普通』にしてなきゃいけない」というさまざまな同僚圧力が、強くややこしく渦巻いています。日本人と外国人のハーフ(ダブル)として生まれた人や、ちょっと変わった個性を持った人、珍しい生き方をしようとしている人が、周囲の偏見や無理解や悪意にさらされて辛い思いをするケースは、けっして少なくありません。

 

自分の中に「この学校的な要素」はないでしょうか。気が付かないうちに「この学校的な行為」をしてはいないでしょうか。自信を持って「そんなことは絶対にない!」と言い切れる人はたぶん少ないし、自信満々に言い切れる人ほど危険です。今後もこのニュースを頭の片隅にしまっておいて、さまざまな場面で「これをやったら(言ったら)、あの学校と同じことになる」と自分で自分に警告を発するための、まさに反面教師になってもらいましょう。それがニュースの有効な活用法に他なりません。なんせ人間は弱くて愚かな存在ですから、自分の中になるべく多くのアラームを設置することが大切です。

 

【今週の大人の教訓】

腹の立つニュースを強引に自分の糧にするのが大人の知性

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コラムニスト

石原壮一郎

1963年、三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。大人の新しい概念と可能性を知らしめ、以来、日本の大人シーンを牽引している。2004年に出版した『大人力検定』は...

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