【今週の大人センテンス】冤罪で殺人犯にされたネパール人男性の日本への思い

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巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

 

第77回 悲劇をなくすために何ができるか

 

「日本は教育レベルも高く、発展した国。なのに、なぜ警察や検察はそんなことをするのですか」byゴビンダ・プラサド・マイナリさん

 

【センテンスの生い立ち】

1997年に渋谷で起きた東京電力女性社員殺害事件(東電OL殺人事件)。事件直後、ネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリさん(51)が、容疑者として逮捕された。一審で無罪判決を受けたが、控訴審では逆転有罪判決(無期懲役)。2003年に最高裁が上告を棄却し、有罪判決がいったん確定。その後、弁護団の執念が実って再審が決定し、2012年に無罪となった。今年11月、釈放後に帰国してから初めて来日し、インタビューに答えた。

 

【3つの大人ポイント】

  • 自分をひどい目に遭わせた国のいい面も認めている
  • 過去を恨むのではなく、未来に期待してくれている
  • 支援してくれた人たちにお礼を言うために来日した

 

冤罪事件は、けっして人ごとではありません。普通に生活していれば関係ない、と思ったら大間違い。いくつかの不運が重なれば、誰もが「犯罪者」に仕立てあげられてしまいます。そしていったん濡れ衣を着せられたら、それを脱ぐのは容易ではありません。仮に無罪が認められても、仕事を失ったり家庭が壊れたり、周囲から「ホントはやったんじゃないの」という目で見られ続けたりなど、取り返しのつかない被害を受けてしまいます。

 

1997年に起きて、さまざまな要素で世間の注目を集めた東京電力女性社員殺害事件。マイナリさんは殺害の容疑者として逮捕され、再審で無罪が確定するまでの15年間、拘置所や刑務所に身柄を拘束されました。一度しかない人生で、30代の大半と40代の半分を奪われてしまう。その辛さや悲しさは、とても想像することはできません。弁護団や支援者のがんばりがなければ、彼は今も「殺人犯」のまま刑務所から出られずにいたでしょう。

 

2012年6月に再審開始が決定し、同年11月に無罪判決が確定した頃は、事件のことが大きく報じられ、冤罪を生み出してしまった警察や検察、裁判所への批判も高まりました。知れば知るほど「ひどい話」であり「怖い話」です。この事件の前にも同じ構図や同じ原因でたくさんの冤罪事件が起きてきましたが、この事件のあとも警察や検察や裁判所が抱えている問題点がなくなったわけではありません。

 

再審が開始されて釈放されたマイナリさんは、不法残留による強制退去処分とされたため、最近まで日本には入国できませんでした。先日、ようやく来日することができたマイナリさんのインタビューが、2017年11月13日付「朝日新聞デジタル」に掲載されています。

 

 

国を離れたとき、ふたりの娘さんは2歳と6カ月。5年前に帰国したときは、20歳と18歳になっていました。子どもの成長を見ることができなかった父も、父が殺人の罪で刑務所に入れられてしまった娘も、どんなに苦しかったことか。現在は奥さんとふたりの生活ですが、過去は大きな影を落としているようです。ぜひ、リンク先で全文を読んでみてください。

 

この事件では、警察がマイナリさんと同居していたネパール人に、マイナリさんに不利になるような証言を強要し、検察はマイナリさんの無罪の決め手となる重要な証拠を隠していました。インタビューの中でマイナリさんは、語気を強めてこう言っています。

 

「警察は私の友人にウソを言わせ、検察は証拠を隠し持っていた。それは、ひどいことです」

 

「日本は教育レベルも高く、発展した国。なのに、なぜ警察や検察はそんなことをするのですか」

 

「事件の真犯人をつかまえてほしい。そして、警察や検察、裁判所は二度と冤罪が起こらないよう、正義をなしてほしい」

 

自分をひどい目に遭わせた国に対して、「日本は教育レベルも高く、発展した国」と言ってくれているところに、激しい申し訳なさと恥ずかしさを感じずにはいられません。そして、真犯人がつかまることを願い、二度と冤罪を起こしてほしくない、自分と同じ思いをする人を作ってほしくないと訴えています。なんて深くて大きな大人力でしょうか。彼を犯罪人にした人たちは、この言葉をどう聞くでしょうか。

 

今回、マイナリさんが来日したのは「自分の無実を信じて支援してくれた人や弁護団などに直接会って感謝の気持ちを伝えたい」から。きっと日本には、嫌な思い出しかないはず。それでも義理堅く日本に来て、インタビューに答えたり冤罪をなくすことを訴える集会に出たりしてくれたおかげで、私たちは日本がかつてマイナリさんに何をしたかを思い出したり、冤罪についてあらためて考えたりすることができました。ありがたいことです。

 

誰しも、冤罪の被害者になるリスクと無縁ではいられません。記憶に新しいところでは今年9月に、21歳の女性がチケット転売詐欺で誤認逮捕され、19日間拘留されたというニュースがありました。このケースでは警察が自分たちの勘違いに気づきましたが、最後まで勘違いし続けることもあるでしょう。満員の電車やバスでの痴漢の冤罪事件や、無実を証明する難しさもしばしば話題になります。言うまでもありませんが、痴漢冤罪の怖さを訴えることと痴漢犯罪の卑劣さを非難することは、同じ方向の話です。

 

警察に逮捕されて「こいつが犯人だ」と報じられると、私たちは何の疑いも持たずに「そうかこいつが犯人か。ケシカラン!」と非難しがち。しかし、じつは誤認逮捕や冤罪だったことが後からわかったケースはたくさんあるし、警察が情報を小出しにして「いかにも悪人っぽいイメージ」を強調する情報操作は常に行なわれています。そしてメディアはそれを報じて、世間の雰囲気が作られていく……。とても危なっかしい図式です。反射的にいきり立って「悪いヤツ」のレッテルを貼り、嬉々として石をぶつけるのは、冤罪を生み出してしまう目に見えない力に加担していると言ってもいいでしょう。

 

残念ながら、どんなシステムも組織も完璧ではありません。世の中から冤罪をなくすための第一歩は、ひとりひとりが冤罪を激しく憎む気持ちを持ち、冤罪が起きた原因に関心を向けること。決めつけや偏見や差別意識をなくすことも、もちろん大切。今も冤罪を強く疑われている事件は、たくさんあります。マイナリさんの言葉を重く受け止め、そういった事件についてあらためて調べてみましょう。自分にできることはないか考えつつ。

 

【今週の大人の教訓】

身近な人に対する「決めつけ」という冤罪にも気を付けたい

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コラムニスト

石原壮一郎

1963年、三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。大人の新しい概念と可能性を知らしめ、以来、日本の大人シーンを牽引している。2004年に出版した『大人力検定』は...

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