「COACH」が「tapestry」に社名変更。過去にはSONYやパナソニックも… 有名企業が「社名」変更する意味

ビジネス

 

■「名はこの世で最も短い呪」である

 

映画『千と千尋の神隠し』で、千尋は名を奪われ、「千」という新しい名を付けられる。それによって、彼女は湯婆婆に縛られることになる。夢枕貘の小説『陰陽師』では、「名はこの世で最も短い呪」とされ、名前を相手に教えることで起こる怪異を描く。洋の東西を問わず、妖怪や妖精が本名を知られることで退散する民話はいくらでもあるし、呪いにしても、祝いにしても、まず、相手の名前を書くところから始まるのは、良く知られた話だ。厄落しなどでも、神主さんは名前を呼んだ上で祓ってくれる。

 

物事は、私たちの想像以上に「名前」に縛られていて、私たち自身も、名前によって物事を認識し、把握している。身近なところでは、例えば、日記帳と手帳。日付が書かれていて、そこに、その日のことを書くという意味では、日記帳と手帳は全く同じものだ。

 

 

■私たちが名前を使い分ける理由

 

しかし表紙に日記帳と書かれていれば、それは日記帳だし、手帳と書かれていれば手帳になる。その境界線を引くのが名前で、意外に私たちは、世界をそんな感じで認識しているものだ。「おっさん」と「彼氏」の差なんて、ほんと言葉だけだし、そう名付けているから、そうだというだけのことだが、「彼氏」はやっぱり「彼氏」でいる間は「彼氏」なのだ。そして「彼氏」でなくなった時には、「おっさん」でさえなくなるかもしれない。

 

落語『寿限無』では、親もお坊さんも、子供の幸せを考えて名前を考える。そのはずなのに「寿限無」だ、「パイポパイポ」だというふざけた言葉が出てきてしまう、その理念を重く見る余りに現実を置いていってしまうところが「笑い」になるわけで、だから、必要以上に名前っぽくない言葉が紡がれる。なんだよ「喰う寝るところに住むところ」って。

 

 

■あの「COACH」が社名変更?

 

社名というのも、考え過ぎると寿限無みたいなことになってしまうし、それでも、変えなければならない時が来るのは、やはり「名前」に縛られていることに気がついてしまうからではないかと思う。

 

あの「COACH」が社名を「tapestry」に変えるという。少し前には、能率手帳が「Nolty」になった。あれだけ定着していた社名やブランド名を、全く新しくするというのは、「名前」というものの性格を考えた場合、それは別物になるという決意表明だ。「もう、古い名前では縛られない、私は別の道を行きます」と言っているようなものだし、従来のイメージを否定したいということでもある。

 

例えば、世界のソニーだって、元は東京通信工業株式会社という名前だった。それを、かつて発売していた録音用の磁気テープ「Sonu-Tape」にも使われていた「Soni」つまり、ラテン語の「音」を意味する言葉と、坊やを意味する「Sonny」を合わせて作った「SONY」、つまり、「音の子」という社名にすることで、録音機器やラジオなどの音響機器を世界に売るメーカーというアイデンティティを表明している。世界に向けて「音響メーカー」であることを表明する必要があっての改名だ。世界を相手にするのに東通工では、多分、何も分かってもらえない。

 

福武書店がベネッセになったのも、教育産業のメーカーとしてのイメージが「書店」という言葉にマイナス方向に引っ張られていることを感じての改名なのだと思う。

 

 

■「改名」することで呪いを解く?

 

それは苦し紛れの改名だってあると思うけれど、それも含めて、「改名」するには、それだけの必然があるのだと思う。名前は呪なのだから、長く使われてイメージも固まっていれば、それだけ大きな力を持ってしまっている。それを捨てるというのは、その力が邪魔になったということ。

 

もっとも、知名度というのは一夕一朝で得られるものではないことは分かった上で変えることが出来るのは、その変更を周知できるだけの知名度があるかと考えれば、ソニーやベネッセと、タペストリーやノルティでは微妙に事情は違うかも知れない。ずっと使ってきた商標を社名にしたパナソニックも、名前を変えると云う事にそれほどのパワーは要らなかったかもとは思う。単に社名が持つ意味が変わってきたからということもあるだろう。

 

能率手帳がノルティになる時に聞いたのだけど、ブランド名変更に際して、反対したのは若い人たちが多く、賛成はベテラン社員が多かったという。それもまた、いろんな事が考えられて面白い。個人的には、名前は呪であると思っているけれど、それと言霊信仰をゴッチャにして、オカルトで社名を決めてる会社はピンチだよなあ、とは思う。でも、真面目に、かつて自分たちに掛けられた呪を解いて、新しい言葉で世間に認識してもらいたいという判断なら、それが正解なのだ。

この記事が気に入ったらいいね!しよう

citrusの人気記事をお届けします

SNSで記事をシェア

小物王

納富廉邦

フリーライター。グッズの使いこなしや新しい視点でのモノの遊び方などを得意とし、「おとなのOFF」「日経トレンディ」「MONOマガジン」「夕刊フジ」「ココカラ」などの雑誌をはじめ、書籍、ネットなど、さまざまな...

納富廉邦のプロフィール&記事一覧
ページトップ