神社って儲かるの?宮司と神主の違いは? 「富岡八幡宮」事件でますます深まる神社へのギモン

ライフスタイル

 

2017年も終わりに近づいてきました。何度もミサイルが飛んでくるなど、かなり先行き不安な1年となりましたが、2018年こそ、日本にとっても自分にとっても、よりよい年にしたいですね。

 

そろそろ、来年の初詣はどこの神社に行けばご利益がもっとも大きいかを考え始めた人もいるでしょうが、その矢先に、初詣の人気神社のひとつである富岡八幡宮において、あのようなおそるべき事件が起きてしまいました。連日報道される事件の内容や背景があまりにもわれわれ庶民の感覚からかけ離れているため、「うーん、神社って何だったんだろう。わたしたちは、一体何に向かってあんなに熱心にお参りしてきたのか」という疑問や不信感を抱いた人も多いと思います。

 

神社は、心身の穢れを祓っていただき、きれいな自分を取り戻すための場所だとばかり思ってきたけれど、あの事件の動機は、結局はお金と地位を巡る長年の怨恨のようです。お祓いをする側の人があのようなドロドロの欲まみれでは、もはやお参りに行く意味などないのでは。ということで、今回は、昨今よくある神社に関する素朴な疑問にお答えしたいと思います。

 

 

■宮司と神主はどっちが偉い?

 

もっとも多いのは「神社はそんなに儲かるのか。宮司は、あんなにも金回りのよい仕事なのか」という疑問でしょう。これに関しては、まず、富岡八幡宮のようにお金がたくさん儲かる神社はごくまれだということを知っておいてください。全国には8~9万の神社があると言われますが、その中で、神職の方が常駐する神社は2万社しかなく、わざわざ遠方の人が電車に乗ってお参りに来るような有名神社は一握り。あとは、うっそうと茂る鎮守の森に囲まれた、誰もいない小さなお社ばかりです。

 

故郷のご町内のはずれ、旅行で訪れた山間の里などで、そんなひっそりとした神社を見かけることがあるでしょう。東京の中心部にも、けっこう無人の神社があります。誰がそれらの神社を管理しているのかというと、他の神社の宮司さんがかけもちということが多いです。また、それだけの仕事では十分な収入が得られない場合も多く、他の職業もお持ちだったりします。一億円もらって高級車を乗り回したりタワーマンションで暮らしたりする元宮司は、ひじょうに珍しい存在なんですね。

 

そもそも「宮司」とは何なのかという疑問もあるかと思います。「神主」という言葉もよく聞きますが、それとの違いは何でしょうか。神主は、神道に携わる人全般を指しますが、これは俗称であり、正しくは「神職」と言います。神職になるためには神社本庁が定めた資格を取る必要があります。神社本庁は、全国のほとんどの神社が所属し、それらを統括する組織です。ただし、中には神社本庁に属さない有名神社もいくつかあります。富岡八幡宮も今年の6月に神社本庁を離脱したようですが、その理由は定かではありません。

 

一方「宮司」は神社の長の役割を持つ役職名です。宮司になるためには、やはり、神社本庁が定めるいくつかの段階を経て資格を得ねばなりません。学校に例えれば、神主は「先生」と同じような俗称、神職は「教員」と同じく職業名、宮司が「校長」と同じような全体を束ねる役職名ということです。しかし、学校と神社が違うのは、宮司になる人は、多くが社家出身(実家が神社関係の人)であるということ。つまり、代々神職の家系以外の人が大きな神社の宮司になることは、皆無ではないとしても、きわめて困難です。そのため、収入が多い神社の宮司の座を巡って、外の人間には理解し難い骨肉の争いが起きたのでしょう。

 

 

■各地によくある「○○八幡」は同じ神を祀っている

 

もうひとつ、よくある疑問は、「富岡八幡宮はあのように儲かっているようだが、うちの近くの〇〇八幡には宮司もいないし、絵馬やおみくじを授与するところもない。同じ八幡さんなのに、なぜこうも違うのか」ということです。「規模が大きく、お参りの人が多い神社ほどご利益も大きい」と思っている人もいるようですが、それは違います。

 

八幡と名のつく神社はすべて同じ八幡神を祀っており、全国に1~2万社ほどあると言われます。八幡社のはじまりは大分県の宇佐神宮、その後源氏をはじめとする武家の人々に武運の神として信仰され、全国に分霊されて祀られたため、きわめて数が多いのです。神様は火に似ていると言われます。火種をもらって別の場所に移しても、最初と同じように燃え、パワーも同じです。したがって、神様は全国どこに分霊されても、ご利益は同じと考えられます。神社が大きいか小さいか、人出が多いか少ないかも関係ありません。

 

遠方の有名神社に初詣に行く習慣が一般化したのは鉄道網が発達した近年のことで、人出が多いのは、宣伝にしこたまお金をかけた神社なのです。したがって、みんなが行くからと言って、わざわざ著名な神社に行く必要はありません。むしろ、古くから自分の住んでいる場所を守ってくれた鎮守様の方が、神様との直接対話もできて、心強いとも考えられます。今度の事件で神社不信になった人が多いかも知れませんが、問題は地位とお金に目がくらんだ人々であって、そこに祀られる神様自体は太古の昔から変わらないのです。来年の初詣は、金銭欲とは無縁の地元の小さな神社で、心安らぐお参りをしてみませんか。

この記事が気に入ったらいいね!しよう

citrusの人気記事をお届けします

SNSで記事をシェア

寺と神社の旅研究家

吉田さらさ

岐阜県生まれ、早稲田大学第一文学部美術史学科卒。長年の出版社勤務後、寺と神社の旅研究家として独立。独自の視点で神社仏閣詣でをより楽しむ方法を考察し、雑誌記事、単行本などを数々執筆。各種講座、講演会、ツ...

吉田さらさのプロフィール&記事一覧
ページトップ