BARで「あちらのお嬢さんに一杯!(アチオジョ)」を成就させるには…

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「やっぱり、BARに行くと『あちらのお嬢さんに一杯』とか、やるんですか !?」とさも嬉しそうに、BARに足を運ばないビギナーに問われる機会は多い。

 

返答に窮する問いながらも、ここで結論をはっきりさせておこう。「あちらのお嬢さんに一杯」は、一般的には歓迎されない。しかし、私個人はやることもある。そして、ナンパ目的なら止めておけ、と。

 

「あちらのお嬢さんに一杯」(長いので便宜上ここでは「アチオジョ」としよう)を実行に移すには、潜り抜けなければならない関門は多く、難易度も高い。BARという舞台に慣れていること、バーテンダー氏としっかり会話できる高いコミュニケーション能力が必須だ。

 

まずは、BAR選び。週に3回は通う店がある……というような常連客でない限り、スタートラインは店選びから。「オーセンティック・バー」とは言え、やはり巨匠バーテンダーのお店でチャレンジするのは無理だ。「何考えてんだ」と軽蔑され、出入り禁止を喰らう可能性は大きい。同じBARでも、ちょっとしたユーモアを理解してくれるカジュアルなマスターがいる店を探す必要がある。

 

二番目に、相手の女性が絶対的に「おひとり様」であること。もちろん、懐が潤っているなら女性二人連れでも構わない。

 

そして、BARであらかじめ想定しなければならない問題は「待ち合わせ」のケース。美味い具合に一杯をご馳走したにも関わらず、そこに女性の連れの男性が登場し「あれ? 変わったものを呑んでるね」、「あ、これね、あちらの方がご馳走してくれたの」。睨みを利かせる連れの男性、ひきつる一杯を振る舞った男性客……という図式が出来上がる。

 

まだ二十代の頃、連れの女性と待ち合わせるのは常にBARだった。ある日、待ち合わせ時間に10分も遅れずに店に着いたにも関わらず、彼女はすでにカンパリソーダを呑んでいた。「あれ、どうしたの?」と問うと「あちらの男性が一杯奢ってくれるって言うから先に頼んじゃった」と。すると、その目線の先にいた中年男性は、そそくさと会計を済ませBARを出て行った……。まぁ、彼女に一杯ご馳走してくれたのだ、目くじらを立てるほどじゃない。だが、「あれはかっちょ悪い。チャレンジする場合は、絶対にひとりだと確認せねば!」と肝に銘じたものだ。よって男性との待ち合わせではない女性客を見出すことも必須となる。

 

さらに、バーテンダー氏を味方につけるのも絶対条件。そもそもバーテンダー氏から客観的に見て「アチオジョ」は歓迎される行為ではないと理解してもらいたい。それでも橋渡し役は、バーテンダーにお願いする他ならない。BARにひとりでやって来るということは、その女性が常連である可能性も極めて高い。そんな時、マスターに「あの方は常連さん?」と確認する必要もあるし、何のためにその一杯をあちらにご馳走するのか、マスターに明確にする必要もある。

 

振り返って、国内だけで1200軒弱のBARに足を運んだが、おそらく「アチオジョ」を試した回数は両手で足りるだろう。私が「お、あの女性に一杯呑んでもらいたい」と思う瞬間は、ひとえに彼女の呑みっぷりにある。ひとりでグラスを傾けていると、2つ隣の席の女性がギムレットをお代わりしている……。「おお、凛々しい!」と胸がときめく。そこでマスターに訊ねる。「あちらの女性のお客さん、常連さんですか? いつもギムレットを?」、「そうですね、たいていはギムレットをお召し上がりに」、「もしまたお代わりするようなら、次の一杯は私に付けてもらえれませんか」と切り出す。相手が常連さんである限り、ここでマスターはかなり難色を示すはず。そこで「もし相手の方から『お断り』が入れば、もちろん、やめておきますよ」と言い訳をする。すると、マスターも渋々、交渉してくれるだろう。先方からお断りが入れば、アチオジョはそこでおしまい。OKが出れば、アチオジョの成就となる。

 

こんな話をしているとビギナーから「え、あのカウンターの上を、カクテルグラスがツーッと滑ったりするのはないんですか?」とクレームが入る。

 

ない! 断じてない!

 

そもそも、そんなマネしたらギムレットがこぼれちまう。あれは映画などの過剰演出だ。現実社会では起こりえないだろう。少なくとも日本のオーセンティック・バーでは無理だ。ロックグラスなどならできないことはないだろうが、日本のバーテンダー氏がお酒をそんな粗末に扱うことはない。アメリカのBARであれば、バーボンのロックもクラッシュ・アイスに注がれているケースもあるので、ツーッとバーボンが滑って来る様を目撃できるかもしれないが……。

 

最後に大事なこと。「アチオジョ」をアクションするにあたり、下心を持たないこと。「えー! 一杯ご馳走するのに下心なしなんて、ありえない!」と思われるかもしれない。そう言われても、ここは男女関係の真理ゆえ、あらかじめ心得てもらいたい。

 

そもそも、知り合いの女性とBARに足を運び、ご馳走しただけで、その夜にロマンスに結びついたことが何度あったか己を省みて欲しい。それよりも成功率が低いのは、まず当然だろう。例えば、立ち飲み居酒屋のカウンターで、隣の女の子に「ビール、一杯どう?」とご馳走したからと行って、ワンナイトラブに結びつくかどうか考えてみたら、即理解できるだろう。

 

BARで一杯、アチオジョしたぐらいで、ワンナイトラブに発展すると期待するほうがおかしい。そもそも、彼女たちは口説かれに来ているのではない。美味しい酒を味わいに来ているのだ。それが理解できていれば、アチオジョだって悪くないと考える。

 

筆者の理想は、この一杯をご馳走した後、相手のお嬢さんよりも先にお暇すること。しかし、BARでグラスを傾けていると、ついつい何杯でもオーダーし、長尻してしまう筆者は、いつも見送る立場に陥る。マティーニなんかを飲み干し「ご馳走さまでした。お先に失礼しますね。おやすみなさい」と颯爽と去って行く女性に、クラクラしてしまったりするのだ。

 

礼儀正しくアチオジョできれば、筆者ぐらい枯れかかった中年のケースでも、返礼に彼女のお名刺くらい頂くこともある。あくまで「後日」だが、その名刺を元に一緒にBARで呑んだことさえ何度かある。およそ1200軒弱を訪れ「何度か」だ。それも人生のエスプリと考えれば、悪くなかろう。ひとつ覚悟しておいてもらいたいのは、アチオジョした瞬間にBAR中のお客全員が君に注目し、顛末を見守っていることは頭に入れておこう。

 

さて、下心を抱いてはいけないという実例をひとつ。

 

数年前、渋谷の名BAR「石の華」でオーストラリアのパース出身の女性と同席したことがある。パースから遊びに来たお友達と女性二人連れだった。少し世間話をし判明したことは、このお嬢さんは「○セラ」にお勤めのエンジニアだとのこと。彼女が「渋谷で一番のバーはどこ」と訊くので、「ここだよ、石の華」と答えた(※個人の感想です)。金髪好きの筆者としては、やはり一杯ぐらい……とご馳走した。「次に行くなら、どこがいい?」とさらに訊ねるので「せっかくだから、景色がいいベロビストはなどいいんじゃないかな」と答えた。2人は「次はそこにしようか」と会話している。ここで筆者に「ベロビストぐらいなら連れて行っても悪くないな」と下心がもたげて来る。彼女たちがガールズトークしているので、少々冷静さを保とうと私はトイレに立ち、また席に戻って来た。

 

すると、彼女たちはちょうど会計を済ませたところで、「楽しかったわ、ありがとう。ゆっくり愉しんでね」と声をかけられた。ここで「いやいや、一緒に行ってあげるよ」と誘ったら完全な押し売りである。無念、誘うタイミングを完全に逸した。私は仕方がなく「では、滞在を愉しんで」と負け惜しみ気味に声をかけ、自棄気味にマスターにさらに一杯作ってもらうのだった。

 

下心があると「一杯どうぞ」が無粋に終わるという好例である。筆者の失態の模様は、世界一のカクテル・アーティスト、オーナーの石垣忍氏に一部始終を目撃されている実話だ。○セラの名刺をもらったが、これまで一切音信不通のままである。やはり下心を見透かされた結末だろう。BARに足を運ばれる各位におかれましては、くれぐれも下心無きよう心がけるべし。

 

「」の項でも記載した通り、オーセンティック・バーで気安く話しかけるべきではない点、まずは順守して頂きたい。しかしながら「アチオジョ」は、BAR文化躍進の為にも、忠実にマナーを守り、チャレンジしてもらいたいとも考えるのだ。

 

ただし、みなさんがこの指南によりアチオジョを実行した結果、恥をかいたり、BARを出禁になったとしても、当局は一切責任を負いかねるので悪しからず。

 

ちなみに東京・銀座には「ばんちょう」と呼ばれる魅力的な妙齢の女性が頻出する。その呑みっぷりたるや、惚れ惚れするほど。「銀座のばんちょう」に「あちらのお嬢さんに一杯」ができるようになれば、君が立派なバーホッパーとなったことを保証する。

 

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BAR評論家

たまさぶろ

週刊誌、音楽雑誌編集者などを経て渡米。ニューヨーク大学などにてジャーナリズム、創作を学ぶ。CNN本社にてChief Director of Sportsを務める。帰国後、毎日新聞とマイクロソフトの協業ニュースサイト「MSN毎日イン...

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