「シングリッシュ」と侮るなかれ。シンガポール人が英語ネイティブの理由

ライフスタイル

後藤百合子

 

■シングリッシュと揶揄されるシンガポール人の英語とは?

 

シンガポールを旅行したことがある方なら聞いたことがあると思いますが、シンガポール人の英語は往々にして「シングリッシュ」(シンガポール・イングリッシュ)と揶揄されます。

 

語尾につける「lah」(中国語の「了」(完了状態を表わす)や「啦」(強調や相手に同意を求める)などいろいろな意味がある)を筆頭に、中国語の直訳形である「also can」(都可以=どっちもOK)など慣用表現や、中国語やマレー語の単語を英文に混ぜてそのまま使うこともあり、英米英語しか聞いたことのない人にはほとんど意味がわからないセンテンスも少なくありません。

 

特に1965年の独立以前に教育を受けた人には、英語で正規の学校教育を受けていない人も多いため、文法めちゃくちゃの英単語を並べただけの英語を話す人もいますし、私の義母のように相手の話している英語は何となく理解できるものの、自分が話す言葉は中国語のみという人もいます。

 

そのため、シンガポールは英語が標準語だけれども、シングリッシュという特殊な三流英語を話す人たちばかりで、半分外国語みたいなものと誤解する人も多いのですが、実情は決してそんなものではなく、非常に高いレベルの英語の素養をもつ人が大半です(その教育は学校の授業で行われます)。

 

今月から小学校3年生になった娘と宿題を一緒にしていて、シンガポール英語教育の底力に唸らされたので、少しご紹介したいと思います。

 

 

■家庭で使っていない言葉をネイティブ並みにする英語教育

 

Q: Let's put this  ______  table in that counter.

1) wooden, nice

2) round, wooden

3) wooden, brown

4) round, nice

この問題は、娘の宿題の文法問題集の中の「形容詞」パートの1問です。

 

使われている言葉は簡単ですし、何となく2)のような気もしますがいまひとつ確信がもてません。そこで回答を見てみると(回答に詳しく説明がつけられていてわからない場合は参照できるようになっている)次の通りでした。

 

When we use adjectives together, we usually use them in this order; opinion, size, age, shape, colour, origin, material.  Therefore the answer is "round, wooden"(shape, material).

 

形容詞をつなげて使うときは、通常、次のような語順にします。「意見、大きさ、古さ、形、色、由来、材料」。ですから「丸い、木製の」(形、材料)が正解です。

 

まるでオックスフォードの英語学習者向け文法書に書いてあるような説明。

 

娘と比べると私のほうが英語の読書量の蓄積は多いため、不確かではあるものの正解しましたが、日本で大学まで英語教育を10年受けてきたにもかかわらず、小3の娘にこの文法を説明することはかないませんでした。

 

これは恐らく、英米など英語ネイティブの国々でも同じではないでしょうか。日本人が「が」や「は」の使い方を教わらなくても自然に使い分けができるように、英語だけを使っている人々にはこの説明は不要です。経験から判断できるからです。

 

しかし、シンガポールの場合は家庭や日常生活の中で前述のように間違った英語を使う人たちが多く、家庭では(特に移民の場合は)中国語やマレー語、タミル語しか話さない、という人々も少なからずいます。そのため、英語だけで育った人たちと対抗できるよう、理論を加えて不足する分を補っているのです。

 

 

■香港とシンガポールにみる英語の違い

 

英語に比べると「mother tongue(母語)」と呼ばれる科目は比較的易しく、それなりの内容です。それでも授業は英語と同じくほぼ毎日あり、中国語を選択している娘の場合も、小2までで習得していなければならない漢字はすでに数百を超えています(書き取り必須の漢字はそこまで多くありませんが、読めないと文章が理解できないので、読めなければならない単語の中には私が知らない漢字もけっこう入っています)。

 

シンガポールと並んで英語でビジネスができる国(地域)として香港には根強い人気がありますが、英語と中国語(母語)の比率からすると、香港とシンガポールの教育は対照的です。

 

そもそも学校からして、中国語(広東語)で教える学校と英語で教える学校に分かれますし、シンガポールでは家庭でも英語を話す人たちが少なくないのと反対に、香港の一般家庭ではほぼ100%広東語を使うので、英語はあくまでも外国語。

 

私は香港の中国返還の年の1997年まで香港で4年弱暮らしていましたが、日常生活は完全に広東語で、普通に英語が話せる人は多かったものの、ネイティブ並みの正統派英語を使う人は一部に限られていました。

 

その1人が、苦学しながら大学からロンドンで教育を受けて会計士の大学院まで卒業したある友人です。

 

彼は自分で会計事務所を立ち上げて、欧米の会社向けに中国での会社設立支援やコンサルティング事業を手がけ、完璧な英語と中国語、そして誠実な人柄で事業を拡大していました。私が中国工場を立ち上げたときも彼のお世話になり、その後もずいぶん助けてもらったものです。

 

そんな彼が一昨年、ニューヨークでの国際会議出席の際に脳梗塞で倒れ、半身不随になってしまったのです。本人と連絡が取れなかったため昨年になって知ったのですが、半年ほど前に訪れたときには意志力の強い彼らしくリハビリに励み、杖をつきながら一人で歩けるようになるまで回復していました。

 

しかし驚いたのは、あれほど堪能だった英語も、普通語(北京語を基礎にした中国の標準語)もまったく話せなくなってしまったことです。たどたどしいながら彼の口から出てくる単語はすべて彼の母語である広東語でした(この時ほど広東語が理解できて良かったと思ったことはありません)。

 

翻って我が家の場合はどうか? 私の夫は親との会話は福建語で(兄弟間では英語)、仕事や日常生活で使うのはすべて英語です。大学まで中国語(普通語)を勉強したはずですが、日常会話や台湾ドラマなどを観て理解はできるものの、漢字はあらかた忘れてしまっているので中国語の新聞や本はほとんど読めませんし、もちろん長い文章を書くこともできません。

 

そんな夫がもし彼と同じ状態になったら、口をついて出てくる言葉は、間違いなく福建語ではなく英語でしょう。彼にとっての母語は、家庭で親と話している福建語ではなく英語なのです。

 

 

■老後に備えて「うんこ漢字ドリル」と英単語学習に励む。

 

私の場合はどうか? 絶対に日本語です。

 

以前、倍賞美津子さん主演の映画『ユキエ』を観たことがあります。

 

戦争花嫁としてアメリカ軍人と結婚し、アメリカにわたって家庭を築いた日本人ユキエが認知症を患い、夫や子供たちが介護を通して結びつきを強くするというストーリーですが、最も鮮明に記憶に残っているのは、認知症を発症したユキエが、40年以上も日本に帰っていないにもかかわらず、日本語しか話せなくなってしまうシーンです。

 

私も英語、中国語と外国語を勉強し、生活や仕事でこれまで随分使ってきましたが、最後に自分の言葉として残るのはやはり母語である日本語であることは間違いありません。

 

もしもユキエや香港の友人のようになってしまったらと考えると、日本語が通じないシンガポールで家族と最低限の意思疎通ができる担保として、娘には日頃からできるだけ日本語で話すようにしていますし(といっても理解してくれないことが多いので、たいてい英語でも説明をつけ加えています)、「うんこ漢字ドリル」を使って日本語も教えています(漢字はほとんど中国語で習っているので、ひらがなと文章を覚えさせるのが目的です)。

 

いっぽう、これからどんどんレベルが上がっていく娘の英語学習に備えて、自分の英語学習も並行させています。

 

あるオンラインテストを試してみたところ、私の日本語の語彙は約35,000語だったのに対し、英語は11,000語程度しかありませんでした。これが母語と外国語の違いかと再認識させられましたが、娘が義務教育を終える頃までには、何とか2万語くらいまで英単語の数を増やし、娘の勉強についていきたいと学習意欲を燃やす毎日です。

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後藤百合子

大正5年創立、今年で100周年を迎える繊維会社の4代目社長。 日本語、英語、中国語(北京語と広東語)のトライリンガル。現在、シンガポールでも会社を経営中。 ツイッターアカウントは@sinlife2010

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