【今週の大人センテンス】水谷隼が悔しさを抑えて贈った張本智和へのエール

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写真:田村翔/アフロスポーツ

巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

 

第84回 負けた偉大な先輩の意地と美学

 

「張本が来る前に、自分がたくさん優勝しておいてよかった」by水谷隼

 

【センテンスの生い立ち】

1月21日に行なわれた卓球の全日本選手権。男子シングルス決勝は、12年連続で決勝に進出した28歳の絶対王者・水谷隼(木下グループ)と、成長著しい14歳の張本智和(エリートアカデミー)。結果は、ゲームカウント4-2で張本の勝利。水谷が2006年に残した17歳7カ月の最年少優勝記録を塗り替えた。試合後、水谷は「張本が出て来る前に、自分がたくさん優勝しておいてよかった。それぐらい強い。何回やっても厳しい」と完敗を認めた。

 


3つの大人ポイント
・後輩の成長と強さを認めてリスペクトを示している
・ユーモアをまじえながらも、悔しさを滲ませている
・完敗を認めつつ、明らかに闘志をみなぎらせている

 

今の段階でこの言葉をつかうのは水谷隼選手に失礼かもしれませんが、とても鮮やかな「世代交代」の瞬間でした。水谷は、10代のころから日本の卓球界を引っ張ってきた「絶対王者」です。北京、ロンドン、リオデジャネイロと3つのオリンピックに日本代表として出場し、リオデジャネイロでは銅メダル(オリンピックシングルスで男女通じて日本人初のメダル)を獲得しました。余談ですが、お笑いタレントの波田陽区にちょっと似ています。

 

そんな水谷が、先日行われた卓球の全日本選手権の決勝で、14歳の張本智和選手と対戦。決勝進出は12回連続で、10回目の優勝と5連覇を狙っていましたが、「チョレイ!」のかけ声がトレードマークの張本に完敗してしまいます。張本は、それまで水谷が持っていた最年少優勝記録(17歳7カ月)を大幅に更新。去年の世界卓球選手権個人戦でも水谷に勝っていて、それがまぐれではなかったことを証明しました。

 

感動的だったのは、後輩に敗れて長く守っていたトップの座から降りざるを得ないことを思い知らされた水谷が、試合後に語った「敗者の弁」。もちろん、そう簡単にトップの座は譲るものかと思っていただろうし、負けという結果になって激しく悔しかったに違いありません。自分にはない「若さ」があり無限の未来が広がっている後輩に対して、複雑な思いもあるでしょう。しかし水谷は、悔しさを抑えて後輩にこうエールを贈りました。

 

「張本が出て来る前に、自分がたくさん優勝しておいてよかった。それぐらい強い。何回やっても厳しい」

後輩の成長を認める潔さと、つらい中でもそこはかとなく漂うユーモア、長くトップを守ってきた自負や、その座を自分から奪ったものへの激励の気持ちなど、いろんな要素が詰まった大人力あふれるコメントです。張本も試合当日の夜に出演していたテレビ番組で、偉大な先輩に勝った喜びや自分が成長したことへの自信をにじませていました。この水谷の言葉も、きっと嬉しく、そして重く受け止めたに違いありません。

 

試合の状況と試合後の水谷のコメントが報じられている記事はこちら。

 

「負けを認める」というのは、けっして容易ではありません。スポーツ選手に限らず、誰しもだんだん歳を重ねて、能力や体力が衰えたり成長してきた後輩に追い抜かれたりします。なまじ活躍した時期や成功体験がある人ほど、現実から目をそらしつつ「自分はまだまだやれる」「若い者には負けない」と思い込んで、後輩たちや組織にとって邪魔な存在になったりします。あなたのまわりでも、そんな光景が見受けられるのではないでしょうか。もしかしたら自分自身が、負けを認めない邪魔な存在になっている可能性もあります。

 

ただし、水谷はこのまま引き下がるつもりはありません。上の記事の中でも「全日本がスタートと思っている。これをバネに、東京五輪まで頑張りたい」と闘志を燃やしています。当然、張本に対しても雪辱を果たすつもりでいるはず。門外漢にとっても、ひじょうに興味深いライバル関係です。今後も激しい戦いが繰り広げられるに違いありません。

 

女子は女子で、どちらも17歳のライバルである伊藤美誠と平野美宇が決勝でぶつかり、伊藤が前回女王の平野を破って優勝しました。こちらのライバル関係も、とてもドラマチックでスリリングです。野球でも相撲でも、ライバル対決がそのスポーツを大いに盛り上げてきました。ライバル同士がせめぎ合うことで、こう言っては何ですが「地味」な競技である卓球に、どんどん熱い注目が集まって人気も高まるでしょう。

 

私たちも水谷を見習って、後輩の成長を認めつつ現在の自分の置かれた位置をきっちり把握し、その上で「果たすべき役割」や「目指したい目標」を考えたいところ。幸いなことに多くの世界は、スポーツのように勝ち負けがはっきり決まったり、勝敗が極めて大きな意味を持っていたりはしません。今の年齢や重ねてきた経験に応じて、自分にしかできないことが必ずあります。

 

気持ちは若いつもりでいても、残念ながらずっと「働き盛り」や「最前線」にいることはできません。後輩の力を素直に認めてエールを贈ることで大人の余裕を見せつつ、こっそり牙を研いだり対抗意識を燃やしたりしましょう。同じ土俵ではとてもかなわないと思ったら、違う土俵で新しい戦いを始めるのも、大人としての賢明で前向きな決断に他なりません。大切なのは、自分なりに全力で戦い続けることです。

 

【今週の大人の教訓】
スポーツの世界は厳しく残酷だからこそ、多くの教訓や感動を与えてくれる

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コラムニスト

石原壮一郎

1963年、三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。大人の新しい概念と可能性を知らしめ、以来、日本の大人シーンを牽引している。2004年に出版した『大人力検定』は...

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