【今週の大人センテンス】羽生君の勝ちと羽生さんの負けに心揺れる羽生夫人

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写真:YUTAKA/アフロスポーツ

巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

 

第87回 にじみ出る「見守る側」の幸せ

 

「連覇!連覇!連覇! おめでとうございます この瞬間に立ち会えて、ありがとうございます。悲しい涙と嬉しい涙で忙しい」by羽生理恵

【センテンスの生い立ち】

韓国・平昌オリンピックのフィギュアスケート男子で、羽生結弦がケガを乗り越えて2連覇を達成。同じ日、東京・有楽町で行なわれた第11回朝日杯将棋オープン戦の準決勝では、中学生棋士の藤井聡太五段(現在は六段)が、公式で初めて戦う羽生善治竜王を破った。藤井五段は続く決勝戦でも、広瀬章人八段にも勝利して優勝。将棋の羽生竜王の妻であり、スケートの羽生の大ファンでもある羽生理恵さんは、で複雑な心境を綴った。

 

【3つの大人ポイント

・「見守る側」の喜びと辛さと度量が伝わってくる

・夫を負かした「若い才能」を心から祝福している

・深刻にならず、ユーモアと軽やかさを保っている

 

ややこしいというか奇遇というか、217日は、ふたりの「羽生」が大きな注目を集めた日でした。平昌オリンピックでは羽生結弦がフィギュアスケート男子で金メダルを獲得。宇野昌磨も銀メダルを獲得して、日本じゅうが大いに盛り上がりました。いっぽう、同じ日に東京で行なわれた朝日杯将棋オープン戦の準決勝では、先日、国民栄誉賞を受賞した羽生善治竜王と、中学生棋士の藤井聡太五段(当時)が公式戦で初対決。藤井五段が大先輩である羽生竜王を破り、決勝戦にも勝って優勝を飾りました。現役中学生で、全棋士参加の棋戦優勝は史上初。同日付で最年少記録の六段に昇段しています。

 

スケートは「ハニュウ」で将棋は「ハブ」と読み方は違いますが、同じ日にふたりの「羽生」が明暗を分けたことで、SNS上には「羽生君が勝って羽生さんが負けた」といった書き込みが乱れ飛びます。この日、で話題になったのが、将棋の「羽生」の妻であり、スケートの「羽生」の大ファンでもある17日の朝から、激しく揺れ動く心情を吐露していました。

 

羽生理恵さんは、40代以上の方はご承知かと思いますが、1980年代後半から90年代にかけてアイドル歌手や女優として活躍していた元・畠田理恵です。デビュー曲は「ここだけの話~オフレコ~」(87年)。90年から91年にかけて放送されたNHKの連続テレビ小説「京、ふたり」ではダブルヒロインのひとりを演じました。963月に羽生善治と結婚して芸能界を引退。97年に長女、99年に次女を出産しています。

 

将棋の羽生の準決勝がスタートした直後の1033分にアップされたtweetの書き出しは「羽生・羽生勝負日」。掃除をしながら部屋のカーテン全部に「YUZU」の香りを振りまいたそうです。「ゆずは邪気を払い、柑橘の橘は読みで吉に通ず、又、大きな実入りから千客万来とも言われ縁起の良い物。YUZUの恵みにあやかりたい。全力応援」と、夫とスケートの羽生の両方に対する応援の気持ちが込められています。

 

1230分ごろには夫が負けてしまいましたが、その直後はとくにtweetはありませんでした。スケートの羽生や宇野が登場した14時ごろに、演技を見つつ「いけるいける」といった応援tweetを連投。金メダルを決めると「連覇!連覇!連覇! おめでとうございます この瞬間に立ち会えて、ありがとうございます。悲しい涙と嬉しい涙で忙しい」と興奮気味にtweetしました。文末には泣き顔の絵文字が40連発で並んでいて、喜びと悲しみのあいだで激しく揺れ動く心中が表現されています。

 

大量の絵文字や「忙しい」という表現など、深刻にならずにユーモアと軽やかさを保っているところに、彼女の並々ならぬ大人力を感じずにはいられません。その後、藤井が決勝でも勝って優勝を決めた直後の1631分には「藤井聡太先生、おめでとうございます。将棋界の宝物です。」と「先生」を付けて敬意を表しつつ、将棋界のホープに祝福の言葉を贈ります。広く深い大人力に満ちていて涙なしでは読めないのが、その30分後のtweet

 

負け を見るのは何十年経っても苦しいけれど、今日の負けを明日の糧に。

ここは

美味しいご飯の出番でしょうか…

これからも雲外蒼天の心持ち。

 

それと、

 

未来を担う若い才能を

心から嬉しく思うのは別々のこと

 

負けたショックとともに帰宅した羽生竜王は、きっとおいしいご飯を食べて元気を取り戻したに違いありません。夫の負けは妻にとっても苦しい出来事でしょうが、いちばん苦しいのは本人であり、周囲としては応援しつつ見守るしかありません。「雲外蒼天」とは、試練を乗り越えて努力を重ねれば、また美しい青空が望めるという意味。夫への思いやりや応援の気持ちを示した上で、「別々のこと」としつつ若い才能の出現を喜んでいるところに、将棋界の第一人者の妻としての懐の深さや度量の大きさが感じられます。

 

スケートの羽生に対しては熱烈なファンであり、将棋の羽生に対しては妻という違いはありますが、彼女の視線やスタンスは「見守る側」の在り方を教えてくれていると言えるでしょう。ファンの立場としては、見守らせてもらっているという謙虚さを忘れず、いい結果が出ればたくさんの幸せを感じさせてもらうし、たとえ悪い結果が出ても責めたり非難したりはしないはず。妻の立場としては、尊敬する夫を全力で応援しバックアップするものの、当事者ではないし代わることはできないという前提を大切にしているように見えます。

 

スポーツ選手に対しても身内に対しても、私たちはつい勝手に期待して、勝手に落胆したりしがち。しっかりあるはずの「一線」を踏み越えて、精神的に過剰に踏み込んでしまうこともあります。受験生や就活生を持つ親あたりは、とくに気を付けたほうがいいでしょう。自分は「見守る側」であると自覚することで、よりたくさんの幸せを感じられたり、お互いにとって心地よい関係を保てたりするに違いありません。

 

スケートの羽生結弦は、気が早いですが次のオリンピックを含めて、まだまだこれからもファンを沸かせる活躍をしてくれるでしょう。将棋の羽生善治と藤井聡太のこれからの対決も楽しみです。そして、ふたりの羽生についての羽生理恵さんのtweetも楽しみです。ありがたく思いつつ、まとめて見守らせていただきましょう。

 

 

【今週の大人の教訓】

スケートにせよ将棋にせよ、超にわかファンでもすごい人には感動を覚えられる

 

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コラムニスト

石原壮一郎

1963年、三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。大人の新しい概念と可能性を知らしめ、以来、日本の大人シーンを牽引している。2004年に出版した『大人力検定』は...

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