違法の「幻覚キノコ」が不安・鬱を和らげる──米で研究

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シビレダケ属のキノコはシャーマンの儀式などに用いられてきた Mirceax-iStock.

<マジックマッシュルームに含まれる幻覚成分シロシビンが癌患者の心を救うとの研究が相次ぎ、「違法薬物」の効能に再び光が当てられている>

 

ダイナ・ベイザーは2010年に卵巣癌と診断された。手術と化学療法を受けて寛解したが、何カ月かすると再発を恐れるようになった。診断から2年後、不安は頂点に達した。「恐怖が私を生きたまま貪り食おうとしているようだった」と、彼女は言う。

 

そんなときニューヨーク大学の研究チームが実施している臨床試験の話を聞き付けた。マジックマッシュルームとして知られる向精神作用のあるシビレタケ属のキノコ。その有効成分であるシロシビンを、不安や抑鬱状態に苦しむ癌患者に投与するというのだ。

 

ベイザーは詳細な検査を受けて臨床試験に参加できることになり、かなりの量のシロシビンを投与された。

 

薬が効いてきたなと思った直後、大海に放り出されたような感覚を覚えて怖くなった。医療スタッフの1人が手を握ってくれ、その手にしがみついているうちに自分の恐怖の正体が見えてきた。あばら骨の下に潜む黒い塊。これが自分を貪る恐怖の正体だ。彼女は怒りに駆られて大声で叫んだ。

 

ふと気付くと、黒い塊は消えていた。「まるで蒸発したようだった」。次の瞬間、体ごと別の場所に連れ去られる感覚があり、深い安らぎを感じた。「私は無宗教だけど、神の愛に包まれるという表現が一番しっくり来る」と、ベイザーは話す。

 

以来、不安にさいなまれなくなり、日々の暮らしを楽しめるようになった。シロシビンが「全てを変えた」と、彼女は断言する。

 

臨床試験を率いたニューヨーク大学ランゴン医療センターの精神科医スティーブン・ロスは当初、被験者からこうした話を聞いても、にわかには信じられなかったと言う。「20例、30例と目にするうちに『これはすごい』と思うようになった。効果は本物だ」

 

 

■不用意な使用は危険を伴う

 

ロスらの論文は16年11月に英学術誌ジャーナル・オブ・サイコファーマコロジーに掲載されたが、同じ号にジョンズ・ホプキンズ大学の研究チームの論文も掲載された。ロスらの試験に参加した患者は29人、ジョンズ・ホプキンズ大チームの被験者は51人。いずれも同様の手順で臨床試験を行い、同様の結果を得られた。2つの論文ではシロシビン投与後、6〜8割の患者の不安や抑鬱状態が改善され、その効果は半年以上続いた。ベイザーのように恒久的な効果が認められた症例もあった。

 

今後、多数の患者で安全性と有効性を調べる第Ⅲ相の臨床試験が行われ、米食品医薬品局(FDA)の審査に通れば、麻薬取締局(DEA)がシロシビンの分類を見直す可能性もある。

 

終末期の癌の場合、シロシビンは死を受け入れ、苦痛を緩和する効果があると、ジョンズ・ホプキンズ大チームを率いたローランド・グリフィスは言う。「もちろん死を歓迎する気にはなれないが、それほど恐れなくなる」

 

カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の精神科医チャールズ・グロブは、12人の癌患者にシロシビンを投与。同様の結果を得て、11年に発表している。グロブも1回の投与でこれほど長く不安解消の効果が続く薬はほかにはないと指摘する。

 

これらの研究結果は、末期癌などの患者の不安に対処する画期的な治療につながる可能性があるとして、著名な心理学者たちに高く評価されている。将来的には健康な人の不安を改善する薬としての利用もあり得ると、グリフィスは期待している。

 

「研究の質の高さ、また欧米の精神医学界の名だたる権威がこれらの研究を強く支持していることから、シロシビンの利用に懐疑的な向きも納得する」はずだと、インペリアル・カレッジ・ロンドンの神経精神薬理学者デービッド・ナットは言う。

 

とはいえ、鬱や不安の対処法としてシロシビンを含むキノコを食べる家庭療法は奨められない。第一、シロシビンはアメリカではスケジュールⅠの規制薬物に指定されている。医療的価値がなく、乱用の危険性が高いとDEAが見なした薬物で、所持は違法だ。

 

臨床試験では、精神疾患の病歴がないか事前にチェックした上で、慎重に管理された状況で投与された。シロシビンを不用意に用いれば深刻なリスクを伴うと、ロスは警告する。

 

いずれの試験でも長期の副作用は認められなかった。ごく少数の患者が一過性の吐き気や頭痛を訴えただけだ。

 

 

■半世紀前に戻って再スタート

 

癌患者を対象にしたのは、彼らの不安に対処する有効な治療法がないから。癌患者の最大40%に気分障害の症状がみられる。不安や抑鬱状態は癌そのものの治療にも悪影響を及ぼす。

 

シロシビンの効果が長持ちする理由はよく分からないが、ヒントはある。シロシビンは重要な神経伝達物質であるセロトニンの受容体と結び付く。インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究チームが磁気共鳴映像法(MRI)を使って行った実験では、脳全域のニューロンの活動が変化し、通常なら連携することのない脳の異なる領域同士がつながることが分かった。シロシビン投与で患者が経験する変化も、これで説明できるかもしれないと、グリフィスはみている。

 

シロシビンは依存症の治療にも有効かもしれない。ジョンズ・ホプキンズ大のチームが14年に発表した小規模の研究では、シロシビン投与で15人の喫煙者のうち12人が禁煙に成功し、半年後もたばこを断っていた。ほかの禁煙法に比べ、非常に高い成功率だ。

 

キノコからシロシビンを分離し、合成することに最初に成功したのは、LSDの発明で知られるスイスの化学者アルバート・ホフマンだ。ホフマンの発見の前後、50、60年代には欧米で幻覚剤を使った研究が盛んに行われた。

 

しかし反体制派やヒッピーが医療以外の目的で幻覚剤を乱用したことが社会問題となり、米政府は68年にLSDの使用を禁止。幻覚剤の医療効果を調べる研究は全て打ち切られた。

 

「精神医学、腫瘍医学における幻覚剤の有効性をきちんと検証すべき時期に来ている」と、ナットは言う。「われわれ研究者はタイムマシンで50 、60年代に戻って再スタートしなければ」

 

(文:ダグラス・メイン)

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