日本のワーキングマザーが疲れ果てている

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日本のワーキングマザーが疲れ果てている

しているんだそうだ。

 

ワーキングマザー(以下WM)は仕事にも意欲的で、前向きに頑張っているんだそうだ。その姿を見る女性社員の69%が、WMになりたいと答えているそうだ。ふーん。

 

「本当でしょうか? 捏造ではと思うほど、私の周りには、疲弊している人が多いのに……」と、あるWMは不信感を滲ませる。この数字はWMたちの気持ちを盛り上げようとしてくれているのかもしれないし、世間の非WM社員に「もっと分かってあげて」と理解を求めているのかもしれない。「でも当事者としては、『女性の活用』という言葉を武器に、産めよ働けよと焚き付けられた挙げ句、みんな楽しくやる気に満ちてますよ、毎日悶々としながら疲労困憊なのはあなただけかもよ?みたいな感じで突き放されている感じがします……」そのWMは疲れた表情でうつむいた。

 

「……私の単なる被害妄想でしょうか」。

 

いいえ、被害妄想なんかじゃありません。実際、日本はあるとき突然「女性の活用」と口走って、ホラホラ楽しいWMライフ、キラキラ素敵なWMライフ、と太鼓叩いて盆踊りを始めたんです。そこに放り込まれた当事者たちの「もう疲れた」「少し休みたい」の声は、大きな太鼓の音にかき消されてしまっているんですよ。

 

踊るための舞台ばかりどんどん設営されるのに、一息つくための場所がない。そして、踊らされ続けるWMたちの姿を遠巻きに眺める観客たちは、中には苦虫を潰したような顔で見ているものもいる。「まだまだ、もっと踊れるでしょう!」と檄を飛ばしにくるのもいる。「母親のくせに」と、子育てイコール母親のパラダイムのまま説教しにやってくるのも、まだいる。WMを取り巻く環境は、まだまだ全く整備なんてされちゃいないのだ。

 

日本のWMを取り巻く環境は、変わりつつはあるが、変わらない部分の方が依然広い面積を占める。政策が走り社会が変わる過渡期に起こる摩擦の圧力が向かう先は、当事者であるWMだ。その彼女たちが、いま疲れ果てている。

 

 

約15年前、私が小さい子どもを育てながら仕事を探し始めたとき、まだ「ワーキングマザー」なんて言葉さえ日本には浸透していなかった。そんな頃、言った本人にははるか忘却の彼方だろうが、言われた私はまるで狸のようにしつこく覚えている言葉がある。

 

「えっ、小さい子がいるの。なぁんだ、あなたワケありですか」

 

よくスーパーの暗くて湿った片隅とかにあるじゃないですか。「ワケあり商品のため値下げ」って書かれた雑多な商品が雑に放り込まれたワゴン。箱なしだったり傷モノだったり、取り扱い終了のためだったり。

 

そうかぁ。子持ちで働く女は「ワケあり」扱いかぁ。そんなこと口走る種類の男にとっては、働く女は未婚か非子持ちであるべきで、子持ちなら大人しく専業主婦におさまっておくべきなのだろう。そうじゃない女は「稼がないといけない」生活事情にワケありか、「専業主婦におさまっていられない」性格にワケありか、まぁとにかく「まともじゃない」んだ。ワケあり、要は箱ナシで傷モノで取り扱い終了商品だ。

 

予想外の理不尽に少々ショックを受けて、その頃黎明期だったネットのWM掲示板を開いて眺めていた。そこは毎夜のように、自分のように悔しい思いをしている女たちの声がたくさん書き込まれていた。

 

 

今より遥かに保育所なんて少ない時代、どの会社でも長時間職場にいればいるほど社へ貢献していると評価される時代、小さい子どもを抱えて仕事を探しても、鼻であしらわれる母親たちがいた。子どもを保育園に預け限られた時間で働くことをあっちからもこっちからも自分勝手だとなじられ、悩む母親たちがいた。子どもの体調で欠勤したり早退したりすることで、周囲に子どもにも迷惑をかけている、と自分を責める母親たちがいた。

 

男社会の中、「年増の女が一緒の職場で働いてるってのが既に鬱陶しいのに、さらに子持ちだなんて、おぉ非常識。家で大人しく子どもの面倒見てろよ、まともな仕事もできなきゃ子育てもしてねークセに。ダンナは何やってんだダンナは」ってな扱いを受けて歯ぎしりしながら働いてる女たちがたくさんいた。

 

彼女たちもまた、世間から「ワケあり」扱いされていた。会社でも、子育ての場でも、同僚からも上の世代からも下の世代からも。保育所への入所基準が「保育に欠ける」と表現されることに、みんなとても怒っていた。「母親が仕事をしているということは、日本社会においては欠損扱いなのか」と、能力の高い人や、専門職の人もみな怒り、傷ついていた。

 

働く母親がそんなふうに扱われていた時代から15年、社会は手のひらを返してWMを応援し始めた。

 

「結婚出産後も女性が仕事を続けるのは当然ですよ」
「そうじゃない社会なんて先進国じゃ日本くらいですよ」
「日本社会は女性の活力を求めているんです」
「みんな楽しくやる気にあふれて意識高くて、ホラ今日も太陽がサンサンと降り注ぐアナタの満ち足りた素敵なワークライフバランス!」

的な?

 

どの口が言うのさwwwwよく言うわウケるっつーのwww

 

かつて「仕事も子育ても中途半端」って働く女を責めたのが、突如「ワークライフバランス」って呼んで「女性の活力を国家の経済成長戦略に組み込み」始めた日本社会バンザイ!

 

 

おっと、ついまた毒が漏れちゃったわ。いやいや、ベクトルは間違っちゃいない。それどころかそれを推進する本人たちは正義だと信じているんだと思う。でも、当の若いWMたちがすっかり疲弊してクタクタになっているのを見逃しちゃいけない。「頑張れ、もっと頑張れ、応援するから頑張れ」と言うのなら、彼女たちがクタクタに疲弊している理由をよく観察して考察して、制度的にも、文化的にもまだ彼女たちの「ワークライフバランス」を受け止め切れていない現状を反省しなきゃいけない。まだだ。まだ全然足りない。

 

私は、自分は「ワケあり」なんだと、わりとジメジメコンプレックスにまみれた20代の母親生活を過ごした。まともに仕事できず、まともに子育てもできない若いだけの母親。「ワケあり」扱いされない人生ってどんなんだろうと夢想した。どうせ結婚してもしなくてもワケありと言われる。でも日本社会の女って特に、結婚出産してしまった途端「一度社会的に死ぬ」んだなと思った。

 

……最後の方はかなり感傷的に過ぎるけれど、そんな風に思い詰めちゃうこともあったわけよ、なんたって若いからさ! 40のBBAになったら色々ラクになった。周りがしたり顔であーだこーだ言い垂れようが、右から左ですよ。もう傷つきやしませんよ。もういちいち動揺しないし、だまされないし、誰かの思惑通りになんかなってやりませんよ(笑)。

 

いま小さい子を育てながら仕事している若いお母さんたち。あなたは誰かの思惑通りになんかならなくていい。その代わり、自分のアタマで考えて行動する。誰かに押し付けられたのではない、自分がなりたい姿を思い描く。迷ったら迷ったなりに、でも思い描くことはやめない。それ、じつは子育てにも人間関係にも仕事にも、生きる上で大切な力なんだよね。おばちゃんようやく学んだのよ、ちょっと時間かかったけど。

 

だけど今、WMに追い風は吹いている。踊るための舞台なんかあるわけもなく望むべくもなかった時代に比べれば、居場所が用意され制度があり、応援してくれる政治と風潮がある。そんな環境なら、いっちょ踊りながら考えてもいいかもしれない。踊ってるうちに、自分も子も社会も成長して、どうにかやり切れるかもしれない。

 

「明けない夜はない」なんて手垢のついた物言いだけど、生きてる限り人生ってどこかしらで収拾がつくのよ。出産したからって「社会的に死ぬ」なんてことはなくて、結局しぶとく生き残れちゃうのが、女って生き物の強さなんだよね。

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コラムニスト

河崎 環

河崎環(かわさきたまき)/コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川県育ち。桜蔭学園中高から転勤で大阪府立高へ転校。慶應義塾大学総合政策学部卒。欧州2カ国(スイス、英国ロンドン)での暮らしを経て帰国後、Web...

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