【中年名車図鑑|初代トヨタ・カローラFX】若者向け上級ハッチバックとして登場した“2BOXカローラ”

車・交通

大貫直次郎

FRの駆動方式にこだわっていたトヨタ自動車工業は、80年代に入ると大衆車を次々とFFに変更していく。1983年5月には屋台骨を支えるカローラが、シリーズ史上で初めてFF方式を採用。その約1年5カ月後には、FFの特性を活かした2BOXのカローラが市場デビューを果たした――。今回はニューヨーク国際自動車ショー2018で新型のカローラハッチバックが発表されたのを記念して、“2BOX上級生”を謳って登場した初代「カローラFX」の話題で一席。

 

 


【Vol.62 初代トヨタ・カローラFX】

今でこそあらゆる面で臨機応変なクルマ造りを実践するトヨタ自動車だが、80年代初頭まではメカに関してかなり頑固な主張を持ったメーカーだった。その代表例がフロントエンジン・リアドライブ(FR)に対するこだわりだ。優れた走りを実現するためには操舵輪と駆動輪を同一にするべきではない、変速フィールが自然で自動変速機の組み込みも容易、メンテナンスがしやすい――そんなFRのメリットを最大限に重視していたのである。一方、FRには大きなデメリットがあった。フロントエンジン・フロントドライブ(FF)のレイアウトに比べて縦方向に長いエンジンルームを要し、さらにトランスミッションユニットと駆動シャフトがキャビン内に大きく侵入したのである。限られたボディ寸法のなかでキャビン空間をできるだけ広くするには、FFのほうが有利だった。


ライバルメーカーがパッケージ効率に優れるFF方式を続々と採用するなか、ついにトヨタも大衆車のカテゴリーにこの方式を導入する方針を打ち出す。まず1978年8月には同社初のFFモデルとなるAL10型系ターセル/コルサを発売。ただし、エンジンの搭載方式はメンテナンスや自動変速機の採用などを鑑みて縦置きとした。80年代に入ると、横置きエンジンのFF車の開発を急ピッチで進めるようになる。そして1983年5月、同社の屋台骨を支えるカローラ、さらに兄弟車のスプリンターがFFに一新された。ちなみにFF方式を採用したのはセダン系や5ドアハッチバック系などの実用モデルで、スポーツ系のカローラ・レビン/スプリンター・トレノはFR方式を継続した。

 

 

■ターセル/コルサの上を目指した2BOXカローラ

 

1984年10月に登場した「カローラFX」。Fは未来のフューチャー、Xは未知数の意。ボディサイズは全長3970×全幅1635×全高1385mm/ホイールベース2430mm


FF方式に移行して広い室内空間を確保した第5世代のカローラ。しかし開発陣は、これだけでは満足しなかった。せっかく横置きFF方式を新規に開発したのだから、その特性を存分に活かしたモデルも設定したい――。そこで注目したのが、BD型マツダ・ファミリア(1980年6月デビュー)やホンダ“ワンダー”シビック(1983年9月デビュー)などによって当時シェアを高めていた “2BOX車”カテゴリーだった。販売戦略上でも、スターレットやターセル/コルサの上をいく若者向けの上級ハッチバック車が望まれていた。


FFカローラのデビューから約1年5カ月後の1984年10月、3/5ドアハッチバックボディの2BOXカローラが市場デビューを果たす。車名は「カローラFX」。Fは未来のフューチャー、Xは未知数を意味していた。ボディサイズは全長3970×全幅1635×全高1385mm/ホイールベース2430mmに設定。プラットフォームはセダンなどと基本的に共通で、リアボディを切り詰めたディメンションとする。搭載エンジンは1.5Lと1.6Lを用意。4輪ストラットの足回りは、ボディのコンパクト化に合わせて専用セッティングを施した。


数あるグレードのなかでユーザーが最も注目したのは、3ドアハッチバックに設定された「GT」(AE82)だった。外観はエアロパーツ類で武装。内装も本革巻きステアリングや7ウェイバケットシートなどでスポーティに仕立てる。さらにエンジンは、AE86型カローラ・レビン/スプリター・トレノに採用する4A-GEUユニットを横置きFF用に設計し直した4A-GELU型1587cc直列4気筒DOHC16Vユニット(130ps/15.2kg・m)を搭載していた。

 

 

■日本での販売は苦戦したものの欧州市場では大好評

 

3ドアハッチバックに設定された「GT」。本革巻きステアリングや7ウェイバケットシートなどでスポーティな雰囲気を演出


FF車らしい2BOXスタイルで、しかもスポーツ仕様のホットハッチもラインアップする――万全の車種展開で勝負したカローラFXだったが、販売成績はデビュー当初を除いて今一歩だった。ライバルが多かった、カローラの名前が若者から敬遠された、スタイリングがやや地味だった、スポーツ仕様のGTのスペックがシビックSiに劣っていた……要因は色々と挙げられた。


テコ入れ策として、トヨタはGTのモータースポーツへの参戦や特別仕様車の設定などを実施してユーザーにアピールする。なかでも1986年開催の全日本ツーリングカー選手権Hi-land TOURING CAR 300km CHAMPIONSHIP RACE(仙台ハイランドスポーツウェイ)では、関谷正徳/鈴木利男選手組のミノルタα7000トムスFXが雨中の激戦を制して総合優勝を飾り、走り好きから喝采を浴びた。しかしそれでも販売自体は伸びず、結局同社の2BOXユーザーはスターレットやターセル/コルサ/カローラⅡ兄弟に流れたままだった。


一方、2BOXのカローラを大歓迎して受け入れた市場もあった。ハッチバック車の人気が高い欧州マーケットだ。トヨタとしても2BOXカローラは欧州がメイン市場になると予想し、その志向を捉えてクルマを開発していた。


結果的にカローラFXは、セダンなどの実用モデルの全面改良に合わせて1987年5月に2代目に移行する。日本での人気はいまひとつだったが、欧州では好評――上級ハッチバック車におけるこの市場動向は、その後のカローラの企画に大きく影響していく。そしてセダンやワゴンは日本メイン、ハッチバックは欧州メインという体制が整えられていったのである。

 

 

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大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バ...

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