感情論では解決しない…ローカル線廃止後、地元に求められる“マネジメント”とは?

車・交通

 

ここまで話題になるとは思わなかった。3月31日で廃止されたJR西日本三江線のことだ。営業が終了する1か月ぐらい前から、NHKの全国向けニュースを筆頭に、さまざまなテレビ番組がこのローカル線を取り上げた。中でも天空の駅と呼ばれる高架橋上の宇津井駅にスポットが当たることが多かった。

 

多くのローカル線と同じように、三江線にも地元自治体などが中心となった存続運動はあったが、結果的には廃止となり、バスに置き換わる。ただし国土交通省が発表した代替バスの資料によれば、線名の由来になった広島県の三次と島根県の江津との間を走破するには最低でも2度の乗り換えが必要になり、所要時間は増え、運賃は高くなっている。こうした状況は他の代替バスにも多く見られる。さらにバスは渋滞の影響を受けるので、時間どおりの運行が難しい。つまりバスへの転換によって不便さが増し、乗客離れが進んで減便や廃止に至り、地域そのものを衰退させると指摘する専門家もいる。

 

鉄道の線路は鉄道車両しか走らないので、線路がある以上何とかして存続させようという動きが生まれやすいのに対し、道路は乗用車やトラックも走っていて固有のインフラではないし、バス停のコストは駅と比べるまでもなく、車両価格も鉄道よりかなり安い。それに鉄道より参入や撤退の自由度が高い。つまり鉄道より廃止しやすいのは確かである。

 

でも多くの沿線住民がバスへの転換を不満と感じていたら、廃止にはならないはずである。住民が存続のために知恵を絞り、行動を起こしたことがきっかけで廃止をまぬがれた鉄道もいくつかある。ネコ駅長の「たま」で世界的に有名になった和歌山電鐵はその代表だ。

 

 

 

■鉄道にこだわらなければ選択肢はふえてくる

 

一方で鉄道に頼らないまちづくりを推進している地方都市もある。今年1月に訪れた石川県輪島市がそうだった。輪島市にはかつてJR西日本七尾線が走っていた。しかし多くのローカル線がそうだったように、自動車交通への移行に伴う乗客減によって赤字が嵩み、1991年に途中の七尾駅以北が第3セクターの「のと鉄道」に転換されたが、乗客の減少は止まらず、10年後に穴水駅から先が廃止された。

 

ただし2003年には能登空港が開港したことで東京とダイレクトに結ばれ、3年後には能越自動車道がこの能登空港まで開通して金沢まで高速バスが走りはじめており、東京はもちろん金沢への到達時間も短縮している。

 

では地域輸送はどうか。こちらは旧輪島駅と市立病院を拠点とすることで、北陸鉄道が路線バス、輪島市がコミュニティバスや乗り合いバスを走らせている。今年3月いっぱいで北陸鉄道バスの1路線が廃止となったが、同じルートを市営乗り合いバスが引き継いでいる。さらに2014年からは輪島商工会議所が、ゴルフ場などで使っている電動カートを中心市街地の移動に活用しはじめた。しかも2年後には自動運転にも挑戦。昨年末からは遠隔管理によって運転手が乗らない無人走行の実証実験も始めている。

 

輪島市が周辺の町との合併で現代の姿になったのは2006年。その年4月1日の人口は3万4511人だった。これが2016年には2万8426人と3万人を切った。1986年には同じ地域に4万4993人が住んでいたというから、30年間で3分の2以下になったことになる。つまり輪島の場合は鉄道の廃止で人口が減少したのではなく、人口の減少に合わせて鉄道の廃止を含めた交通再編を行なったというほうが適切だろう。同市がモビリティマネジメントに積極的なことは、将来を見据えて自動運転に挑戦していることからも明らかだ。

 

現在残っている地方鉄道は、多くが第二次世界大戦前に開業した。当然ながら現在とは人々の暮らしは大きく異なる。暮らしが変わればモビリティも変わってしかるべきだ。長い間地域の生活を支えてきた鉄道の廃止に際しては「ありがとう」という言葉を掛けたいけれど、一方で今の時代に見合ったモビリティの提供については、感情論に引っ張られない冷静な判断が必要だとも思っている。

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モビリティジャーナリスト

森口将之

モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。移動や都市という視点から自動車や公共交通を取材し、雑誌・インターネット・講演などで発表するとともに、モビリティ問題解決のリサーチやコンサルティングも担...

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