【中年名車図鑑|5代目 トヨタ・セリカ】RVと稀代のスポーツカーたちに翻弄された5代目セリカ

車・交通

大貫直次郎

“流面形”というキャッチとともに、ヒットモデルに昇華した4代目セリカ。開発陣は次期モデルを企画するに当たり、基本コンセプトを維持しながらさらなるスタイリングの進化や新技術の積極的な導入を画策する――。今回はイメージキャラクターに米国の俳優のエディ・マーフィを起用し、WRC(世界ラリー選手権)の舞台ではGT-FOURを駆って念願のダブルタイトルを獲得した5代目セリカ(1989~1993年)の話題で一席。

 

 


【Vol.65 5代目 トヨタ・セリカ】


“流面形”というキャッチフレーズを掲げ、1985年8月にデビューしたST160型系の4代目セリカは、そのスタイリッシュなルックスと卓越したパフォーマンスで大好評を得る。市場での注目度の高さという点では、初代セリカ以来の人気車に昇華していた。


ヒット作のフルモデルチェンジは、あまり基本コンセプトを変えない――。マーケティングを最重要視するトヨタ自動車にとって、それは規定路線だった。ただし、セリカは斬新なスペシャルティ感覚を前面に打ち出したモデル。次期型はより洗練されたエクステリアを持ち、しかも先進のメカニズムを組み込むことが必須条件とされた。さらに、セリカはWRC(世界ラリー選手権)参戦のベースマシンとしての使命も帯びていたため、高性能エンジンの搭載を前提にしたレベルの高いシャシー性能と耐久性を確保することも課題となった。


エクステリアに関しては、“未来感覚”をテーマに曲線および曲面を拡大展開して抑揚のあるニューエアロフォルムのスタイリングを構築する。外観と同様、インテリアについても曲面ラインを多用し、適度な囲まれ感と上質感、さらにはオシャレ感を演出した。

 

洗練されたエクステリアと先進のメカニズムを組み込むことを必須条件として開発。とくに曲線と曲面を多用した斬新なエクステリアは話題に


搭載エンジンは2Lクラスに一本化し、ツインエントリーセラミックターボや空冷式インタークーラーを組み込んだ3S-GTE型1998cc直列4気筒DOHC16Vのツインカムターボ(225ps)を筆頭に、スポーティツインカムの3S-GE型1998cc直列4気筒DOHC16V(165ps)とハイメカツインカムの3S-FE型1998cc直列4気筒DOHC16V(125ps)をラインアップする。懸架機構には各部のジオメトリーや取り付け剛性を大幅に見直した進化版の前マクファーソンストラット/後ストラットを採用。さらに、世界初の新機構となるデュアルモード4WSや電子制御式のハイドロニューマチックアクティブサスペンション、メカニカルセンシングSRSエアバッグも設定した。

 

 

■“WANTED New CELICA”のキャッチを冠して市場デビュー

 

エディ・マーフィをキャラクターに起用し、1989年にリリースされた5代目セリカ。コンバーチブルは1年後に登場する


1989年9月、第5世代となるST180型系セリカが市場デビューを果たす。キャッチフレーズは“WANTED New CELICA”。イメージキャラクターに映画『ビバリーヒルズ・コップ』のアクセル・フォーリー刑事役で一世を風靡していたエディ・マーフィを起用し、その役柄を活かしたキャッチを新型セリカに冠した。


ST180型系セリカの車種展開は、3ドアハッチバッククーペのボディ(全長4420×全幅1690×全高1295~1305mm/ホイールベース2525mm)に3S-GE型/3S-FE型/GT-FOUR専用3S-GTE型の3エンジンを設定する。電子制御式ハイドロニューマチックアクティブサスペンションに4WSやABSなどの先進メカを搭載した「アクティブスポーツ」は、受注生産の形で用意。最強モデルのGT-FOURには、フルタイム4WDの駆動機構に加えて国産車初のトルセンLSDをリアディファレンシャルに組み込んでいた。


1990年8月になると、オープン仕様の「コンバーチブル」がラインアップに加わる。さらに、本革シートを標準装備した豪華版のタイプG、GT-FOURをベースに前後ブリスターフェンダーを組み込んでワイドボディ化(全幅1745mm)した「GT-FOUR A」(Aはアドバンスの意味)なども発売された。

 

 

■WRC参戦のベースモデルが登場

 

インテリアもエクステリア同様に曲線と曲面を多用。適度な囲まれ感と上質感が持ち味だった


意欲的な車種追加を実施したST180型系セリカ。その真打ちといえるモデルが、1991年8月のマイナーチェンジからひと月遅れでデビューする。WRC参戦のためのホモロゲーションモデルとなる「GT-FOUR RC」(RCはラリー・コンペティションの意味)が登場したのだ。ST185Hの型式を持つセリカGT-FOUR RCは、3S-GTEエンジンに耐久性の高い水冷式インタークーラーとメタルタービンを装備し、最高出力は235psを発生。サスペンションやブレーキなども強化タイプに変更する。専用デザインの外装パーツなども注目を集めた。


セリカGT-FOUR RCはグループA規定の5000台を生産し、日本では1800台あまりが販売される。残りは当時のトヨタのWRCエースドライバーにちなんで「カルロス・サインツ・リミテッドエディション」のネーミングなどで輸出され、大人気を博した。


ちなみに、セリカGT-FOURのワークスマシンは1992年シーズンからWRCの実戦舞台に投入される。この年、エースドライバーのカルロス・サインツ選手が年間4勝を挙げ、ドライバーズタイトルを獲得した。翌93年シーズンはディディエ・オリオール選手とユハ・カンクネン選手をドライバーに迎え、進化版のセリカGT-FOURを走らせる。宿敵のフォード・エスコートRSコスワースやランチア・デルタHFインテグラーレなどを相手に、チームが獲得した勝利は全13戦中7勝。圧倒的な成績でメイクスタイトルを制覇した。また、カンクネン選手がドライバーズタイトルを獲得。トヨタは日本メーカー初のダブルタイトル制覇という偉業を果たした。


先進メカを満載し、魅力的な限定車も多数リリースしたST180型系セリカだったが、トータルで見た注目度は先代モデルを下回る。1990年代初頭はステーションワゴンやクロカンなどの4WDモデル、いわゆる“ヨンク”のRVが若者のあいだでブームとなり、従来のスペシャルティカー・カテゴリーの人気はやや低迷していた。さらに、スポーツカーの分野でもBNR32スカイラインGT-RやNSX、ユーノス・ロードスターなどが脚光を浴びていたため、セリカの影は薄くならざるを得なかった。市場の志向に翻弄された5代目セリカ。しかし、そのポテンシャル、とくにGT-FOURの実力は販売実績に関係なく高く評価できるものだったのである。

 

 

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大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バ...

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