宮内庁ロールス問題の真相──使用2回・4000万円のロールスは本当に修復不能か?

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皇太子同妃両殿下の結婚祝賀パレードにも使用された宮内庁所有のロールス・ロイス コーニッシュⅢが、わずか2回しか使用していないにも関わらず走行困難に陥っているという。この報道以降、「直せないわけがない」「税金の無駄遣い」といった否定的な意見ばかり噴出したがその真相は果たして。今回の問題を、かつてロールス・ロイスの日本総代理店だったコーンズにも勤めていたことがある武田公実が当時のエピソードも交え解説する。

 

1993年6月9日に行われた皇太子同妃両殿下の結婚祝賀パレード。この際使用されたのが、今回話題となった宮内庁所有のロールス・ロイス コーニッシュⅢだ

■当時の政府方針によりコーチビルド車両ではなくコーニッシュを購入

 

1990年11月12日の「即位の礼:祝賀御列の儀」と1993年6月9日の「結婚の儀」の両パレードに使用された宮内庁所有の1990年型 コーニッシュⅢが長らく走行不能になっている、と5月1日付の「朝日新聞オンライン」誌面が報じた。

 

このコーニッシュⅢが納められたのと同じ1990年から、私は当時のロールス・ロイス/日本総代理店であったコーンズ&カンパニー・リミテッド自動車事業部に約3年に亘って勤務した。日本に輸入された当時の事情をごく一部だけでも知るひとりとして、あるいは現在ではロールスロイス/ベントレー専門の私設博物館「ワク井ミュージアム」のキュレーションも担当している者として、現状での私見を述べさせていただくことにしたい。

 

まずはロールス・ロイス コーニッシュというクルマについて、説明しよう。1967年、まずは「シルヴァーシャドウ・ドロップヘッドクーペ/スポーツサルーン」としてデビュー。その後1970年にエンジンの拡大(6230cc → 6747cc)を含む大規模な改良が施された際に「コーニッシュ」と改名され、その後も改良を施されつつ1995年ごろまで生産されたモデルである。1990年モデルからは、主にエレクトロニクス系に大規模なマイナーチェンジを受け、新たにコーニッシュⅢと名づけられた。

 

コーニッシュの名は1970年に登場。その後も改良を施されつつ1995年ごろまで生産された

いずれの世代のコーニッシュも、1980年まで生産されたクーペ(スポーツサルーン)版も含めてオウナードライバー向けの2ドアパーソナルカーであり、儀礼やパレードに供するには、本来ならば好適とは言えないモデルだ。とくに、両陛下に前席を倒してリアシートにお乗り込みいただくというのは、プロトコルの視点から見てもエレガントとは言い難く、その件について国内外の識者からかなり厳しい意見もあったことも記憶に刻まれている。

 

それでも宮内庁がコーニッシュⅢを選択したのには、なんらかの事情があったようだ。これはあくまで当時の上司・同僚から伝え聞いたエピソードで、今となってはあまり確たる情報とは言えないのだが、1989年に宮内庁から「即位の礼」パレード用にロールス・ロイスを新規導入したいというオファーを受けた当初、コーンズとロールス・ロイス本社は当時の4ドアモデルをベースにコーチビルド(特装)車両を一品製作する方向で検討を進め、納期などの問題点でもなんとかクリアできそう……、というのが共通見解だったとのこと。ところが政府の判断により「既製のオープンモデルを供用する」との決定が下され、当時の宮内庁もそれに応じた、と聞かされていたのである。

 

ところで今回報道されている内容について、筆者が疑問を覚えている項目が幾つかある。まずは「28年間で2回のみ使用」されたことが、ことさらに強調されていること。しかし、このような王室所有の儀礼用自動車ないしは馬車が、数十年で数回しか使用されないというのは、決して珍しいことではないと考える。

 

そして何より気になるのが「すでにメンテナンスのための部品が手に入らない」という一節である。ロールス・ロイス コーニッシュおよびそのベースモデルであるシルヴァーシャドウは、1960年代デビューのモデルとしては複雑なメカニズムの集合体。それゆえ、メンテナンスも然るべきスキルを持った工場で行われるべきものであることは間違いない。しかし、一部で都市伝説的に言われているほど厄介な構造ではなく、パーツの供給も潤沢。今でも事実上すべての部品が、英国内のクラシック・ロールス・ロイス/ベントレー専門店などから確実に入手できる。

 

たしかに、宮内庁に納められたコーニッシュⅢを含む1990年モデルのロールス・ロイス/ベントレーは、エンジンの燃料供給システムが電子制御化された最初の年次生産車両で、特に初年度は多くの不具合が生じたものの、それが修復不可能な理由にもならないだろう。実際、筆者が参画している「ワク井ミュージアム」のファクトリーにおいても、この年代のコーニッシュのメンテナンスやレストアを手掛けた事例は枚挙にいとまがない。

 

したがって、このコーニッシュⅢの現状を見ていない筆者が断じてしまうのは少々気が引けるのだが、走行可能な状態に修理することは決して難しいことではないと思われるのだ。

 

イギリスのエリザベス2世も、ロールス・ロイスのオープンモデルをパレードで使用していた(写真は1966年)

しかし今回の問題で浮き彫りとなったのが、現在のロールス・ロイスが置かれている、少々複雑な立場である。1931年以来、67年に亘って継続したベントレーとのパートナーシップを解消し、前世紀末からBMWグループの一角を占めることになった「ロールス・ロイス・モーターカーズ」社は、商標権以外はゼロからスタートした新会社。にもかかわらず、ロールス・ロイスの伝統と精神を完全に体現した素晴らしいモデルを次々と送り出していることは称賛に値するのだが、その一方で旧世代モデルに関するパーツ供給の権限などは有していないという。

 

一方、1998年以前のロールス・ロイス生産車両のパーツ供給について窓口となっている現代の「ベントレー・モーターズ」社も、もしかしたら心情的には助けたいという思いがあるのかもしれないが、ここまで話が大きくなってしまうと「ロールス・ロイス」ブランドのために表立った行動をするわけにもいかず……、というのが現状かと思われるのだ。

 

いずれにしても、今回この問題がメディアに取り上げられたことに、ある種の不快感を示す向きもあるようだが、個人的には問題提起として非常に意味のあるものだったと考えている。もちろん大局的な視点から見るならば、例えばトヨタ自動車が現行の純日本製御料車「センチュリー・ロイヤル」のオープン車両ないしはランドレー(Landaulet:後席のみオープンにできるボディ)車両を新たに製作するというのが、たぶん最も望ましいかたちかもしれない。

 

しかし、たとえ来るべき即位の礼に供用されることがなくとも、かつてこのロールス・ロイス コーニッシュⅢにわずかながらでも関わりのあった者の一人である筆者は、なんとか走行可能な状態に戻す作業だけは施してあげて欲しい…! と切に願っているのである。

 

 

文・武田公実 写真・朝日新聞社/Getty Images

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