高齢者にとっての「クルマ」は若者の「スマホ」と同じ…放火まで発生した「運転免許返納問題」の根深さ

車・交通

 

クルマがらみの火災というと事故を思い浮かべる人が多いと思うが、今月11日に愛知県一宮市で起きた火災は工場を兼ねた民家1棟全焼という内容だった。運転免許証の返納を巡る口論から、83歳の男が放火したという。

 

病院へ搬送される前に現場で行われた簡易聴取では、「運転免許の返納を巡って家族と口論になって自暴自棄になり、死のうと思って放火した」などと供述したことから、警察に逮捕された。逮捕後は「でたらめを言った」と口にし、供述内容を否認しているそうだが。弁解の余地のない事件ではあるけれど、この年代の男性にとってのクルマとは、今の若者にとってのスマートフォンに近い存在ではないかという印象を抱いた。

 

現在80歳の方が普通自動車の運転免許証を取得可能となる18歳を迎えたのは1956年。第二次世界大戦の終戦から11年を迎えた日本では、前年にトヨタ自動車から高級セダンのクラウン、日産自動車から大衆車ダットサン110型が登場していた。

 

他の分野に目を移すと、1954年にはファッション業界でVANブランドが登場し、1960年には英国であのビートルズが結成された。しかし当時は現在に比べれば驚くほど楽しみの対象が少なかったようで、ここに挙げたクルマ、音楽、ファッションが若者の三大趣味と言える存在だった。現在のスマホに匹敵する存在であることが理解していただけただろうか。

 

とはいえ警察庁が今年2月に発表した「平成29(2017)年における交通死亡事故の特徴等について」では、交通事故死者数は3694人で同庁が保有する統計では最少であるものの、事故死者に占める高齢者の割合は54.7%と過去2番目に高い水準だという。

 

さらに75歳以上の高齢ドライバーによる死亡事故の内容を見ると、工作物への衝突や路外逸脱等の単独事故が多く、人的要因ではブレーキとアクセルの踏み間違いの割合が高いとのこと。また死亡事故を起こした75歳以上のドライバーは、直近の認知機能の検査結果が第1分類(認知症の恐れ)あるいは第2分類(認知機能低下のおそれ)だった割合が高いという結果も出ている。

 

 

■JTBが企画した“高齢者タクシー乗り放題”とは

 

こうした結果を受けて警察庁のウェブサイトには「運転免許証を自主返納した方への各種特典のご案内について」というコーナーが用意されており、ボタンをクリックしていくと、都道府県別の運転免許証自主返納者に対する各種特典の案内に到達する。そこにはバスやタクシーの割引をはじめ、さまざまな特典が紹介されている。

 

また大手旅行会社のJTBは2015年、タクシー会社と組んで高齢者向けに1か月定額で乗り放題のタクシーサービスの社会実験を始めており、今年は本格導入に乗り出すという報道が見られるなど、民間企業の中にもこの問題解決に取り組む動きが見られる。

 

地域別に見れば、運転免許証返納を拒む高齢者が多いのは、都市部よりも農村部のほうが多いのではないだろうか。クルマを運転するという行為は移動の自由を獲得することでもあり、それが公共交通などで代替できるなら気分が収まる場合もあるだろうからだ。

 

逆に農村部は人口密度が低いぶんタクシー会社の運営も大変であるはずで、コンパクトシティ化を進めて公共交通が成立するようにするなど、抜本的な対策が必要になるかもしれない。

 

ただ最初に書いたように、クルマへの憧れは世代によって異なると思っている。今の若い人は、マイカーにもマイホームにも強い憧れは持っていない人が主流を占めているようで、時期が来れば自然に運転免許証を返納する人が多いのではないかという気がする。

 

一方技術的には高度運転支援システムの普及で、事故を起こしにくくなるクルマが増えていくし、地方の公共交通維持のために人件費削減が期待できる無人運転バスの導入も、そう遠くない将来に実現するはずだ。

 

喫緊の対策はもちろん必要だが、見方を変えれば今が問題のピークではないかとも感じている。

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モビリティジャーナリスト

森口将之

モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。移動や都市という視点から自動車や公共交通を取材し、雑誌・インターネット・講演などで発表するとともに、モビリティ問題解決のリサーチやコンサルティングも担...

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