インフィニット・ループ1番地から始まるアップル社の果てしない戦い

ビジネス

後藤百合子

 

米TIME誌の特集、アップル社CEOティム・クック氏のインタビューを読みました。

 

すでに報道されているように、昨年カリフォルニア州で起きたテロ事件の容疑者(死亡)のiPhoneロック解除をめぐり、米司法省が暗号を解除するソフトの開発をアップル社に命令。アップル社CEOクック氏はこれを拒否し、今月、両者による法廷闘争が始まる予定でしたが、先週22日には司法省側が独自に暗号解除ソフトを開発できる可能性があるとして審理を延期。本日になって、FBIが情報抽出に成功。アップルに対する提訴を取り下げたとのニュースが入りました。

 

カリフォルニア州クパティーノ、インフィニット・ループ1番地にあるアップル本社の自室で、iPadにかがみこむようにして頬ずえをつくクック氏のモノクロのカバー写真が与える印象は、彼がこの問題を単なるビジネス上のマターとしてではなく、人類そのものの将来を決定するような問題であると考えているかのようでした。

 

 

■すでにプライバシーはどこにもない

 

ちょうど今月、5年近く使ってきたモバイルパソコンの調子が悪くなり、私は買ってあった新しいHPのパソコンにデータを移行する作業をしました。

 

新しいといっても型落ちで安くなっていたモデルを買ったため、まずWindows10にバージョンアップするところから。HPのパソコンは初めてだったのですが、指紋認証やら秘密の質問やらにさんざん答えさせられたあげく、バージョンアップにはこれらのセキュリティソフトをすべて解除しなければならないことがわかり、ほぼ丸1日かけて作業を行いました。

 

やっとデフォルトのセキュリティソフトのアンインストールが終わり、ソフトやアプリをインストールし始めた途端、今度は衝撃的な事態に直面しました。ソフトやアプリがほぼほぼすべて、個人データへのアクセスを求めてくるのです。

 

ウィルス駆除ソフトマカフィーはもちろん、インターネットやメールなど、私がアクセスしたり保存している情報すべてにアクセスする許可を求めます。Facebookは知らない人からの検索をシャットアウトすることはできますが、ログインした途端、数百人に上る「この人と知り合いではありませんか?」というリストを送ってきます。スカイプにいたっては、仕事で数回会ったきりもう何年も会っていない、これから会うこともないだろうという人の写真つきのアドレスを送ってきました。

 

私はもともと会社の代表という立場ですので、一般の方のようなプライバシーはないものと覚悟していましたが、それにしても怒涛の洪水のような個人情報にいきなりさらされ、文字通り、息が詰まるような思いをしました。

 

 

■個人情報はどこまで守られるのか?

さらに驚いたのは、クラウド上の蓄積データの状態です。

 

しばらく前から写真の保存用に iPhoneでGooglePhotoを使用していたのですが、パソコン上のGoogleと同期し、何かの操作をした途端、顔認証ですべての写真が人物別にソートされたのです。場所と時間の情報入り。たまたまパソコンの写真フォルダに父の写真を保存していたら、一度もあったことがない父の友人たちも一瞬のうちに並べ替えられました。6歳になる娘や姪の赤ちゃん時代から現在に至るまでの写真もほぼミスなくソート。分類された写真を見れば、誰がいつ、どこで、誰と、何をしていたのか、一目瞭然です。

 

Tenyearsago,ifIwentforajog,anyandallinformationrelationgtothatjogwouldevaporateassoonasithappened.Itwoudgouncaptured.Nowthatinformationisnotonlypreserved--whereIwent,howfarIwent,howfastIwent,whatIlistenedto,whatmyheartratewas--itgetsuploadedtothecloudandpropagattedacrossmysocialnetworks.
10年前、私がジョギングに行っても、ジョギングに関する情報はしたそばから消えていった。情報をつかむことさえできなかっただろう。現在、行ったことが記録に残るだけではない。どこへ行ったか、どのくらい遠くまで行ったか、どのくらいの速度だったのか、何を聞いていたのか、心拍数はどれだけだったのか・・・すべてクラウド上にアップロードされて、SNSを通じて共有されるのだ。


現在のインターネット社会には、もはやプライバシーは存在しえないといっても過言ではないのではないでしょうか?

 

 

■ビッグ・ブラザーとハッカーの登用

 

とはいえ、クック氏をはじめとするアップル社の重役たちも決して最初から捜査に非協力的だったわけでなかったようです。FBIはたった一度きり、この容疑者の電話をアンロックするためにのみソフトウェアを作ってほしいと要請し、実際にアップルでは検討もしました。しかし、これがもしも前例となり、「解読してほしい電話が175台ある」と言われたケースに直面した場合、もはやそれがたった一台の例外ではなくなってしまうというのです。

 

これに対し、大統領選共和党候補のドナルド・トランプ氏は「あいつら何様だと思っているんだ?」と攻撃し、アップル製品のボイコットを呼びかけ。シリコンバレーとは長年、良好な関係を築いてきたオバマ大統領でさえ、「たかが電話のために多くの人の命を犠牲にするのは正しい答えではない」とアップルを非難したといいます。

 

コンピュータによる情報管理を語るとき、欧米メディアが必ず引き合いに出すのがジョージ・オーウェルの『1984』に登場する独裁者「ビッグ・ブラザー」です。ビッグ・ブラザーが統治する世界では、人々の生活のすべてが監視・管理され、個人のプライバシーや自由は徹底的に排除されます。この近未来小説に描かれた状況が、今すでに始まりつつあるのではと感じるのは、決して私だけではないのではないはずです。

 

例えば、ここ数年、私はほぼすべての本や雑誌をアマゾンに頼っています。生鮮食品以外は、やはりほとんどの買い物をネット上でしています。私が読んだ本、食べた物、着ている服などの情報はすべてどこかのコンピュータに蓄積され、写真やSNSを調べれば、いつ、誰と、どこに行って、何をしたのかも一目瞭然。この情報に囲碁チャンピオンを破ったAIを加えれば、次に私が何を考えてどんな行動をするかは簡単に予測可能でしょう。

 

いっぽう、。

 

動機はよしとしても、使い方を一歩間違えば、個人の思考や行動を知らず知らずのうちに監視し、操作し、権力維持のために使う、という実際に『1984』の世界で描かれていることがいつでも現実になりうる時代に、すで突入しているのです。

 

 

■インフィニット・ループ1番地から始まる永遠の戦い

 

ちょうど10年前の3月、私はアップル本社を訪れました。サンフランシスコからクパティーノに向かう路上には色とりどりの春の花が咲き乱れ、まるで大学のキャンパスのような緑あふれる広大な敷地の中のオフィスでは、社員たちが生き生きと働いていました。社員の方に勧められ、敷地内のショップで「私はクパティーノに来た!」と書かれたTシャツを買い、一緒に軽い食事をした後、彼女は「来週のトライアスロン大会のために走るから」と、仕事を早めに切り上げ、明るいうちに自宅に帰っていきました。

 

当時、まだバリバリの現役だったスティーブ・ジョブスはオフィスを歩き回っては社員たちに激を飛ばしていましたが、実際にクパティーノに行って初めて、私は彼が目指していたものが何だったか少しわかったような気がしました。

 

FBIが今回成功したように、ロックをはずすソフトはアップル以外の誰かにも開発可能です。人間の作るるものに絶対はありませんから、どれだけ頑丈にロックしても、いつか必ず、そのロックは解除されるでしょう。そしてジョブスが遺したDNAが働いている限り、アップルはまた、より強固でプライバシーを守るためのシステムを開発していくことでしょう。

 

「無限のループ」という名前が示す通り、この堂々巡りは永遠に続くのかもしれません。しかし、その円環に綻びが生じたとき、人類は次のステージに向かって後戻りのできない一歩を踏み出すことになるのではないかと思います。

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後藤百合子

大正5年創立、今年で100周年を迎える繊維会社の4代目社長。 日本語、英語、中国語(北京語と広東語)のトライリンガル。現在、シンガポールでも会社を経営中。 ツイッターアカウントは@sinlife2010

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