看護師の国際医療協力を前進させた「コードネームmie727」

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citrus 吉岡 秀人

letter to mie727

 

私の元にはもはや数え切れないくらいの女性たちが訪れる。私がモテモテということではなく、国際協力を目指す医師や看護師や学生たちがたくさん勉強に来るということである。そしてその8割くらいが女性だという、なんとも男性にとっては情けない事態になっている。

 

mie727はある看護師のコードネームである。

 

彼女とのはじめての出会いは、ちょうど9年前のTBS夢の扉という番組の撮影時にさかのぼり、ちょうどその時に看護師として短期ボランティアに参加していた。しっかり全国ネットのTV放送にも乗っかっていた。背が低く几帳面な性格ではあるが、ちょっとびびりなところが愛嬌であり、誰とでも上手くやっていく性格で、それはそれでそれなりの人生経験を感じさせた。

 

このびびりで几帳面なコードネームmie727にNPO法人ジャパンハートの最も大切なプロジェクト、それは全ての活動の力の源泉である国際的な看護師をシステマッチックに育て上げるという重大任務を任せたのだ。ジャパンハートの全ての活動は無償で働く看護師たちによって支えられている。私がどんなにがんばったところで看護師たちの力なくして多くの人々は救えなかったであろう。私のわずかな貯金を元手に活動を始めた当初は全くの金欠で、看護師たちが離島で働く給与が活動資金の一部として投入されていた(ジャパンハートの看護師たちは海外6ヶ月、国内離島6ヶ月の労働を義務としている)。私は海外医療を志す多くの日本人たちは私と同じように皆、せめてその活動に関わる期間、時間もお金も捧げて一心不乱に医療が受けられない人々のためにやってくれるものだと40歳になっても青臭く信じていた。ところが実際、離島での給与を勝手に使い込む人やそのままネコババして活動から消えてしまう看護師達が現れたのだ。これには参った。自分が海外で働いている間の活動費は、その間、離島で働いている看護師たちの給与でまかなわれていた。だから、自分が離島へ行った時は次の看護師たちの海外での活動を支えることが当たり前だと私は信じていたのだ。お金を納めない人がいると海外の活動に支障が起こることになる。この仕組みに不満を持っている人はきっと多くいたことだろう。自分の稼いだ金を何で貧困層の人々のためだとはいえ、差し出さないといけないのだと。

 

私にとっては人生はやるか、やらないかのだ。力を抜くくらいならやらないほうを選ぶ。人生を勝負しているときに、何かを出し惜しみしてとても満足いく結果が得られる気がしないのだ。私の人生手を抜いて上手くいったためしがない。だから、やるときは、やる!お金がほしければ、お金を稼ぐ。国際協力もお金も同時に取れるほどに多くの人には能力は備わっていない。

 

ある人には看護師たちへの感謝が足りないのだとたしなめられたことがある。私は確かに感謝などしていなかった。当たり前だと思っていた。なぜならば離島で働く看護師たちは、先に海外で働き、そのとき離島で働いてくれた看護師たちの努力によって自分が希望している海外での活動を思う存分できたからだ。それから次の人を支えるために離島にやってきていたからだ。私にはそれは前の人たちに対する義務にしか思えなかった。受けた恩は、次の世代に当たり前に返す。そういうものだと思っていた。だから彼女たちの様々な不満は、突き詰めるとお金が惜しいとしか解釈できなかったのだ。

 

私はこのスタンスだから当時いた人の中でもいろいろ悪く言う人はいるかもしれない。しかし、それは考え方と生き方の違いだ。きっと今でも相容れないだろう。

 

しかしながら、これは組織の危機だった。不信感が充満し、活動を継続する人々も減っていった。患者は増え続ける一方、完全なるマンパワーの不足状態になってしまった。誰もそこまでして国際協力などしたくないのだと言われているようだった。もしあの時mie727がいなければきっと今でも私は寂しく医療をしていたかもしれない。あの時mie727にこの看護師の研修事業を任していなければ今頃どうなっていただろう?とふと思うのだ。今では、その努力によって全てスキームが作り変えられ、離島での給与は現在は一切、看護師達が払うことはなくなった。それは決して簡単なことではなかったはずだ。

 

私は知っていた。mie727がいつも数時間ものあいだ不満を抱いている看護師たちに電話をして彼女たちに少しでも活動を支えてもらおうとがんばっていてくれたことを。mie727がいつもどうすれば多くの人たちが参加したくなる組織になるか?研修事業にできるかを必死に考えていてくれたことを。そして私は今でも知っているのだ。mie727がかつて特別な能力がなければできないと思われていた国際協力・国際看護を誰にでもできる、全ての看護師たちに道を開けるために今も何を自分がすればいいのかを考えていてくれることを。

 

コードネームmie727が国際看護研修事業を任されてから今では年間300人以上、のべ1000人以上の日本人看護師達が国際協力の現場に実際に行き、多くの貧困層の人々のために働いてくれている。それは保健や衛生活動ではなく、バリバリの直接患者に触れる・癒す……臨床医療活動なのである。

 

この数は年々歳々増え続けており、近い将来、年間1000人の派遣を目指している。

 

これで日本の全ての看護師たちに本格的な国際臨床医療の道が開けたのだ。日本の多くの看護師達がアジアの途上国の貧困層に人々に直接、医療を届け、日本の離島へ少しでも貢献できるようになった。

 

今後、数え切れないくらいの看護師達が国際協力の道に入るだろう。この道の半分はコードネームmie727がひいたものだ。

 

mie727はこの春、ジャパンハートから離れていくが、彼女が日本の看護師のために道を作った国際医療協力の世界に多くの若き看護師達が進むことを願っている。

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吉岡 秀人

吉岡 秀人

1965年生まれ。大阪府吹田市出身。 大分大学医学部卒業。 大阪、神奈川の救急病院勤務後、1995~1997年ミャンマーで医療活動を行なう。 岡山、神奈川での小児外科勤務後、2003年ミャンマーで医療活動を再開。 2004年、NGO国際医療奉仕団ジャパンハート設立。

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