【今週の大人センテンス】りゅうちぇるのタトゥーを批判する「善良な市民」の傲慢さ

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出典:「りゅうちぇる公式インスタグラムより」

 

巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

 

第107回 差別と偏見を正当化する人たち

 

「この体で、僕は大切な家族の笑顔を守るのです。なので、この体に、大切な家族の名前を刻みました。」byりゅうちぇる

 

【センテンスの生い立ち】

タレントのりゅうちぇる(22)が19日に自身のインスタグラムで、両肩に妻のぺこ(23)と7月に産まれた長男の名前のタトゥーを入れたことを公表したところ、多くの批判コメントが殺到。りゅうちぇるはそんな反応があったことを受けて、21日の夜にインスタグラムで「それなりの覚悟で入れました」と、タトゥーを入れた理由や世間の偏見の根深さに対する思いなどを述べた。その毅然とした態度に、各界から支持や応援の声が上がっている。

 

【3つの大人ポイント】

  • 批判は覚悟の上で自分のポリシーや生き方を貫いた
  • 「偏見のある社会」を変えたいという決意も表明
  • あれこれ言う人たちの醜悪さをあぶり出している

 

銭湯が好きです。下町方面の銭湯に行くと、ほぼ毎回、彫り物をした方と会います。誤解している人も多いようですが、多くの温浴施設やプールと違って、町場の銭湯は原則として「刺青の人お断わり」ではありません。みんなのための施設ですから、そんなことでお客を差別したり排除しないという考え方なのでしょう。もちろん、怖い思いや嫌な思いをしたことはありません。はしゃぎまくっている若者グループのほうが、よっぽど迷惑です。

 

最近は、海外からの観光客っぽい人がタトゥーを入れている姿もよく見ます。以前、江戸川区の昔ながらの伝統建築の銭湯のご主人が、こう言っていました。

 

「外国の観光客の人がカタコトで電話してきて『タトゥ、OK?』って聞くんだよ。『OK、OK』って言うと、タクシーに乗って銀座や丸の内のほうのホテルからやってくる。けっこう遠いのにありがたいよね。みんな『ワオ!』とか言って喜んで入ってるよ。外国語と絵で入り方を説明したポスターもあるから、とくにトラブルもないね」

日本にはるばる来てくれた外国の観光客のみなさんにとっては、いい思い出になったことでしょう。銭湯がタトゥー禁止じゃなくて、本当によかったです。いっぽうでタトゥーを理由に温泉やプールなどに入ることを断わられて、釈然としない思いや不愉快な気持ちになった観光客も多いでしょう。ここにきてようやく、刺青やタトゥーがあっても入れる温浴施設も徐々に増えています。「シールを貼ればOK」というところも増えていますが、いかにも日本っぽい中途半端さは否めません。

 

たしかに日本において、刺青は「反社会的勢力」の人たちの象徴だった時期があります。しかし、今や刺青やタトゥーはいろんな人がいろんな動機で入れているし、海外ならなおさらだし伝統文化でもあります。「茶髪の人は入場禁止」「ネイルをしている人はお断わり」と言っているのと、本質的には変わりません。一律に禁止することの大胆さや恥ずかしさや失礼さについて、もっと自覚したほうがいいでしょう。

 

おっと、銭湯や温泉の話ではなく、りゅうちぇるのタトゥー騒動の話でした。タトゥーを入れたことを報告した彼のインスタグラムの投稿に、「入れて欲しくなかった」「テレビの出演減りますよ」「いっしょにプールや温泉に行けなくてかわいそう」といった失望や批判のコメントが殺到。そこには刺青やタトゥーに対する偏見の根強さや、他人の選択に平気であれこれ言う傲慢さや無神経さがあふれていました。さらに「ヘンな格好でヘンなしゃべり方をするヤツ」に対する偏見や叩きたい欲も混じっていたように見えます。

 

見事だったのが、そうした声に対するりゅうちぇるの反応。で、タトゥーを入れたことへの思いなどをきっちりと述べました。一部を抜粋します。

 

それなりに予想はしてたけど、こんなにも偏見されるのかと思いました。

こんなに偏見のある社会 どうなんだろう。仕方ないよね。ではなく、僕は変えていきたい。

(中略)

結婚して、子供がいつかできたら、

家族の名前を身体に刻もう。と結婚する前、3年前から決めてました。

その3年でたくさん考えて、それなりの覚悟で入れました。

(中略)

この体で、僕は大切な家族の笑顔を守るのです。なので、この体に、大切な家族の名前を刻みました。隠すつもりもありません。でも意地でも出したいわけでもありません。自然に生きていきたいです。偏見が無くなりますように。

 

「偏見されるのか」といった独自の表現は、まあご愛嬌。そんな彼の毅然とした姿勢に対して、あばれる君が「大丈夫!! 親指一本でなげられる言葉なんかに親心は絶対負けないよ!!」とメッセージを送ったり、眞鍋かをりがで「なんでタトゥーで賛否両論…?それぞれの価値観なのに、他人のタトゥーにどうこう言う意味がわからない」と疑問を呈したりなど、応援や支持の動きがあちこちから出ています。

 

脳科学者の茂木健一郎氏も騒動を受け、タトゥーを入れている人が温泉やプールの利用を制限されていることについて、で「世界的に見た、タトゥーの文化的、社会的意味合いの広がりを考えた時に、この現代の日本で、タトゥーの方の入浴、プール利用の禁止という奇妙なルールが温存されているのは、ひるがえって、日本における批判的思考の風土の欠如というより深刻な一般的問題の表れだと私は考えている」などと批判しました。

 

言うまでもなく、「人を見かけて判断すること」は立派な差別です。でも、差別している人は「自分が言っているのは差別ではなく区別だ」と言いたがります。「人種や国籍や性別ではなく、自分の意思で入れたタトゥ―で差別されるのは仕方ない」という理屈も、一見もっともらしく聞こえますが、人を見かけで判断することを正当化し、気に入らない考え方や行動は差別してもいいと堂々と言っているところが、よりタチが悪いと言えるでしょう。

 

りゅうちぇるの今回の騒動で連想したのが、ほんの60年ほど前まで、アメリカではバスに乗る場所が白人と黒人で分けられていたということ。今、私たちはその話を聞いて「なんてひどい差別を!」と感じることができます。しかし当時の多くの人、とくに白人側の人は「それは差別ではなく区別だ」と思っていたでしょう。「分けないことのデメリット」について、もっともらしい理屈を述べる人も多かったでしょう。今の日本でも、多くの“善良な市民”が何の後ろめたさもなく、同じ構図で刺青やタトゥーを差別しています。

 

りゅうちぇるはその勇気ある行動で、タトゥーに限らず、私たちが無意識にたぶんたくさん抱えている偏見や差別意識について考える機会を与えてくれました。ありがとうございます。何でもかんでも「差別」のレッテルを貼ればいいわけじゃないのは大前提ですが、思い込みや常識を盾に自分を必死で正当化するのではなく、「間違ってるんじゃないか」「差別しているんじゃないか」と胸に手を当てる姿勢は持ち続けたいもの。そして、タレントだけではなく身近な人に対してもですけど、他人の行動や選択を安易に批判することが、いかに大きなお世話で傲慢で醜悪かということも忘れないようにしましょう。

 

 

【今週の大人の教訓】

とはいえ、タトゥー批判派を嵩にかかって批判することも同じ危険性をはらんでいる

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コラムニスト

石原壮一郎

1963年、三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。大人の新しい概念と可能性を知らしめ、以来、日本の大人シーンを牽引している。2004年に出版した『大人力検定』は...

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