【今週の大人センテンス】がんと闘う樹木希林さんからの愛に満ちたメッセージ

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写真:AFP/アフロ

巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。

 

第108回 苦しむ若者に大人は何ができるか

 

「私は弱い人間だから 自分で命を絶つことだけは やめようと生きてきた こんな姿になったって おもしろいじゃない」by樹木希林

 

【センテンスの生い立ち】
8月31日、独自の視点と丁寧な取材で人気のニュースサイト「withnews」(運営・朝日新聞社)に、樹木希林さん(75)の直筆メッセージと、受け取るまでのいきさつが書かれた記事が掲載された。編集部からの「生きづらさを抱える人たちに向けてメッセージを頂けませんか」という依頼に対して、ファックスを送ってくれたとのこと。そこには若者をやさしく励ますあたたかいメッセージと、お辞儀をしている自らの似顔絵が描かれていた。

 

3つの大人ポイント
・お説教ではなく、まずは気持ちに寄り添っている
・満身創痍である自分の状態を「ネタ」にしている
・しっかり考えた上で、誠実に伝えようとしている

 

とても痛ましいことですが、子どもや若者の自殺が後を絶ちません。二学期が始まる8月末や9月頭は、とくに子どもの自殺が増えるという統計結果が、何年か前に発表されました。いじめを受けていたり教師とうまくいっていなかったりする子どもが、「また学校に行かなければならない」という思いから、悲しい選択をするケースが多いと見られています。親御さんの気持ちを想像すると……いや、想像するなんて簡単には言えません。

 

こうしているあいだにも、たくさんの若者や子どもが深く悩み、激しく苦しんでいます。私たち大人は、そんな彼ら彼女らに何ができるのか。「早まるな」「命を大切にしろ」「生きていればいいことがある」と全力で伝えたいのは山々ですが、そんなカビ臭い言葉では弱っている心を揺さぶることはできないでしょう。もちろん、お説教は論外です。

 

「9月1日前後は子どもの自殺が増える」という統計結果を受けて、ここ数年は8月下旬ごろになると、悩み苦しんでいる子どもに向けて、どうにか別の視点を持ってほしい、つらい状態から逃げていいんだ、世界はあなたが思っているよりも広くて楽しい、というメッセージを込めた記事が増えます。メッセージが伝わることで、ひとりでも多くの若者や子どもが、悲しい選択を思い止まってくれることを願わずにはいられません。

 

かつて多くのメディアは、自殺が起きてしまってから大騒ぎして「悪者捜し」に熱中する傾向がありました。世間は世間で「悪者」に対して怒りをぶつけて、それで満足しているところがあったのではないでしょうか。しかし、それでは子どもの自殺は減らない、むしろ苦しんでいる子どもたちに、自殺することが「仕返し」になるという誤ったメッセージを送ることになりかねないという声が上がり始めました。根本的な無力感はぬぐいきれないにせよ、さまざまなメッセージを送る記事が増えたことは、いい傾向だと言えるでしょう。

 

そんな流れの中で、ニュースサイト「withnews」で8月31日に樹木希林さんの直筆メッセージが公開されました。

 

 

7月中旬に編集部から「生きづらさを抱える人たちに向けてメッセージを頂けませんか」と樹木さんにお願いをし、それに対してファックスで答えてくれたもの。ファックスを送る前に、樹木さんは編集部に電話をかけて「ずっとずっと考えていて、お返事が遅くなっちゃったの。ごめんなさいね」「どうしたら伝わるのかしら。本当に無力よね、まったく書けないの」と話したとか。樹木さんが考え抜いて書いたメッセージの全文は、以下のとおり。

 

昔からの本を読むと およそ 同じことを言っている
自殺した魂は 生きていた時の 苦しみどころじゃ ないそうだ
本当かどうかは わからないけど 信用している

 

私は弱い人間だから
自分で命を絶つことだけは
やめようと生きてきた
こんな姿になったって
おもしろいじゃない

 

KIKI KILIN 75才

 

無力なんてことは絶対にありません。このメッセージを見た人は、気弱になっている人ほど、いろんな思いを抱くでしょう。お説教ではなくまずは気持ちに寄り添い、その上で満身創痍にある自分の状態を「ネタ」にして、読む人の方の力をフッと抜いてくれています。しっかり考えた上で誠実に伝えようとしていることとも合わせて、このメッセージには「大人として何をすべきか、何ができるか」が凝縮されていると言えるでしょう。

 

記事では、樹木さんが2015年8月に不登校のイベントに参加して、子どもたちに贈った言葉も紹介されています。イベントの基調講演の一部で、タイトルは「」。不登校や引きこもりについて考える「不登校新聞」のサイトに紹介されています。子どものころ学校に行かない日もあったこと、人間には必ず「役目」があること、といった話に続いて、こう語りかけました。

 

私が劇団に入ったのは18歳のとき。全然必要とされない役者だった。美人でもないし、配役だって「通行人A」とかそんなのばっかり。でも、その役者という仕事を50年以上、続けてこられたの。 だから、9月1日がイヤだなって思ったら、自殺するより、もうちょっとだけ待っていてほしいの。そして、世の中をこう、じっと見ててほしいのね。あなたを必要としてくれる人や物が見つかるから。だって、世の中に必要のない人間なんていないんだから。


私も全身にガンを患ったけれど、大丈夫。私みたいに歳をとれば、ガンとか脳卒中とか、死ぬ理由はいっぱいあるから。無理して、いま死ななくていいじゃない。だからさ、それまでずっと居てよ、フラフラとさ。

 

樹木さんの言葉や姿勢から、私たちも「自分に何ができるか」を考えたいもの。身近に悩んでいる若者や子どもがいる場合、自分はどんな言葉をかけてあげられるのか。相手はどんな助けを必要としているのか。きっと特効薬はないし、常識や「正しさ」なんて役に立ちません。樹木さんのように誠実に向き合って真剣に考えることが、少しでも役に立つための第一歩と言えるでしょう。そして悩んでいる相手に限らず、身近な人にはできるだけ誠実に向き合うのが、大人の責任でありお互いが幸せになるための必須条件に他なりません。

 


【今週の大人の教訓】
強さとやさしさは美しさにつながると、樹木さんは体現してくれている

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コラムニスト

石原壮一郎

1963年、三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。大人の新しい概念と可能性を知らしめ、以来、日本の大人シーンを牽引している。2004年に出版した『大人力検定』は...

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