訪日外国人は増えているのに、格安の宿“簡宿(カンシュク)”が低調なワケ

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「エコノミーホテルほていや」の3畳大の2人部屋。1室4000円で、一人当たり2000円。一人で泊まる場合2900円~。テレビ、エアコン、ミニ冷蔵庫、WiFi完備。旅慣れた外国人バックパッカーからは「なんでも揃っていて快適」と高評価(写真提供:帰山哲男氏)

「東京/安い宿」でネット検索すると、広告枠以外のトップで「東簡宿」のホームページがヒットする。「東京簡易宿泊業生活衛生同業組合」が運営する宿探しサイトだ。「簡易宿泊業」を略して「簡宿(かんしゅく)」と呼ぶ。3畳個室で1~2人定員や6畳大の部屋に二段ベッドを4セット置いた8人定員などのドミトリータイプ(相部屋)が主流だ。

 

 

■外国人旅行者の急増で盛況と思いきや…

 

料金設定はドミトリーで一泊1000円台から、個室の一人利用でも2000~3000円台と格安の宿がほとんど。「The Economy Hotels in Tokyo」という英文サイトも用意され、旅慣れたバックパッカーがゲストハウスを探しにくる。ここ数年、訪日外国人旅行者が増え続けているだけに、さぞや盛況でご満悦かと思いきや、当の経営者は浮かぬ顔だ。

 

「週末は混みますが、平日はけっこう空いてますよ。ホテル不足といわれますが、そんな実感はありません」

 

都内でもっとも簡宿の多い山谷(台東区日本堤)で「エコノミーホテルほていや」を経営する帰山哲男氏はこう言ってため息をついた。

 

平日の宿泊が低調になった理由は2つある。1つは、民泊騒動との絡みで簡宿が急増して競合が激しくなっていることだ。

 

「台東区は上野と浅草という2大観光地がありますが、ここ数年、区内で宿泊施設が激増しているんです。実際、浅草寺周辺では一泊3000円程度のドミトリーの建築現場をよく見掛けます。民泊新法と自治体の上乗せ条例で営業日数の制限が厳しくなったせいか、民泊から旅館業法の簡宿に乗り換えている施設が多いようです」(帰山氏)

 

台東保健所生活衛生課環境衛生担当によると、2017年度の新規旅館業許可件数は58軒、うち簡宿は20軒。2018年度は第1四半期(4~6月)だけで簡宿8軒が新規許可されている。民泊新法の施行後も届出は低調と言われるが、2018年8月末現在、台東区では222軒に及ぶ。宿泊施設がインフレ状態になりつつあるのは間違いない。

 

 

■簡宿の前身は、木賃宿か

 

さて、2つ目の理由に入る前に、少し「簡宿」と関連する用語について整理しておこう。冒頭で「簡宿」は「簡易宿泊業」の略といったが、「簡易宿泊所」や「簡易宿所」の略称としても今は使われている。似たような用語なので混乱しないように注意してほしい。

 

木賃宿…もともと江戸時代から街道筋に発達した素泊まりの安宿で、旅人が米を持ち込み自炊する時の薪代=木賃のみを払うことからこう呼ばれた。明治後期になると、都市部の木賃宿は、下級労働者が長期滞在する宿泊施設になり、「大部屋に雑魚寝をする不潔な魔窟」と新聞記事で扱われる存在になっていた。昭和になり、関東大震災で消失した後に再建した宿の経営者が、旧来のイメージを払拭するために「簡易旅館」と改称した。

 

簡易宿泊所…大正時代末期から昭和にかけての頃、「木賃宿は不潔な割に低廉ではないため都市に集まる労働者にはふさわしくない」「低廉かつ充分な安息と慰安を与え得る宿泊所を提供すべき」という理由から、行政が社会事業として労働者のために作った宿泊施設。図書室・娯楽室・食堂も併設されていた。木賃宿が一泊30銭前後の時に20銭で宿泊できた。現在、もともとの意味とは異なる使われ方をしている。

 

昭和3(1928)年7月、浅草区田中町(現・台東区日本堤)に竣工した「東京市設田中町簡易宿泊所」の広々した娯楽室。「蓄音機、ラヂオ、碁将棋盤等」が備えられていた(出典:昭和5年4月発行『日本地理大系-大東京篇』)

簡易宿所…昭和23(1948)年に旅館業法ができた当初の条文では「旅館・ホテル・下宿」の3種だった。昭和33年の改正で、簡易旅館や簡易宿泊所を統合した新たな法的カテゴリーとして「簡易宿所」が誕生。個室が基本のホテル・旅館営業に対して、簡易宿泊営業は「相部屋」が原則。

 

ちなみに、民泊との違いにも注意したい。民泊サイトでは「国家戦略特区法、民泊新法(住宅宿泊事業法)、旅館業法(簡易宿所)」という3つの法律をベースに「民泊は3種類」と解説している。ただ、民泊は「住居として利用している家屋を宿泊業に一時的に供するもの」で、新築投資用マンションなどは該当しない。「旅館業法に基づく民泊」というのは明らかに矛盾する。

 

 

■山谷の簡宿は、徐々に進化してきた

 

山谷の街並み。表通りには高層のビジネスホテルや簡宿、裏通りに入ると古い木造の簡宿が残っている。今では宿泊者が生活保護者中心の“福祉宿”も多い。左隅看板の「BH」はベッドハウスの略。

 

一般には「簡易宿泊所の前身は木賃宿」と解説されることが多い。自分自身も「山谷のドヤ街=昔ながらの木賃宿」というイメージに捉われていたが、調べてみると実態は違うことがわかってきた。

 

「木賃宿≠簡宿」であることは、山谷の系譜をたどることでも理解できる。第二次大戦後、古い木賃宿が灰燼に帰した跡地に、帰山氏の父・仁之助氏を始めとする簡宿組合の有志メンバーたちが、都の要請で復員兵や戦災者を収容するテント村を作るところからスタート。昭和20年代半ばには、本建築の宿泊施設が数十軒前後も立ち上がった。

 

そして、組合が「市価の半値で食べられる」大衆食堂や貸本屋の「山谷文庫」を昭和30年代にオープンさせた。雨天が続く時は1万人分の炊き出しまで行っていたという。まさに、関東大震災後に東京市が社会事業として生み出した、元々の「簡易宿泊所」と同じコンセプトではないか。

 

実は、仁之助氏は蚕棚式のベッドハウスを考案した先駆けでもある。木造2階建てが中心だった山谷に、鉄筋コンクリート造のビルを建ててビジネス向けに展開したのも氏が初めてだった。昭和末期のバブル崩壊で労働者の需要が激減すると、2代目を継いだ帰山氏が1990年代後半に「安い宿情報誌」へ広告を出したのをキッカケに、一般旅行者に注目され始めた。

 

「おじさんの街だった山谷に女の子が来るようになったんですよ。そこで、共同浴場を男女時間制に分けたり、シャワー室を作ったり、改装しました。結果として外国人旅行者を受け入れる下地ができ、90年代終りからバックパッカーが泊まるようになりました」

2000年頃に冒頭のホームページを立ち上げると、日韓共催の2002年FIFAワールドカップが起爆剤となり、ネットの口コミで「山谷=安くて快適な宿」という評判が世界に発信され、外国人旅行者が激増する。

 

「一番お客さんが多かったのは2004~07年頃ですね。テーマパーク・イベント・コンサートに行く若い女性やカップル、出張族、就活の学生も利用するようになりました」

 

 

■メタサーチが旅館業のボーダーを壊す

 

さて、簡宿の宿泊客が現在減っている理由の2つ目は、インターネットの進化だ。特に危機感を増幅させているのが「複数のOTА(Online Travel Agent:インターネット専門の旅行会社)サイトを一括して検索できるメタサーチ(横断検索)の出現」だと帰山氏は指摘する。

 

昨年あたりからTrivagoなどのメタサーチ・サイトの利用者が激増し、安い宿を探す方法が変わってきた。旅行者にとっては、法令上のホテル・旅館・簡宿・民泊の違いは関係ない。宿泊施設の垣根がなくなり、値段だけで比較されるようになってしまったわけだ。その結果、

 

「大手ビジネスホテル・チェーンでは“空気を泊めてても仕方ない”と、平日の宿泊料金を半値以下にダンピングするようになり、簡宿の料金との差がかなり縮小してしまったんです。値段の違いがあまりないなら広めの個室でバス・トイレ付のほうを選びますよね。大手は平日の落ち込みを週末の値段を上げて取り戻すわけです」

 

また、“ノーショー”(No Show:無断不泊)も増えているという。

 

「事前に適当に予約しておき、現地に来てからスマホでメタサーチをして、当日ディスカウントの最安値の宿に乗り換え、連絡なしにキャンセルしてしまう人も増えています」

 

さまざまな角度から収益を圧迫されているのが現状だ。

 

ネットの進化によって、ジャンルごとの棲み分けを許さない価格競争激化の時代へ突入している。これから簡宿はどうなるのだろう。

 

「山谷の街は明治以降、34年間に3度も焼野原になっているんです。1回目は明治44(1911)年の吉原大火、2回目は大正12(1923)年の関東大震災、最後は昭和20(1945)年の東京大空襲。その度に力強くよみがえってきた。パワーがあるんですよ。今は、古代まで遡る古い歴史遺産や飲食店などの地域資源の情報発信に力を入れています。そうやって“山谷マニア”を育成していけば、単に料金が安いからといって、他の地域や宿に行かない。ここに来る理由がある、という関係を作り上げていきたいですね」

 

簡宿が今後どんなメタモルフォーゼを遂げて行くのか楽しみだ。

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木村元紀

住宅ライター

木村元紀

1963年東京生まれ。編集制作会社、出版社を経て、1989年からフリーランス。不動産・住宅関係を中心に、室内環境問題、モノづくり関連分野などについて、不動産専門誌、一般雑誌、ウェブコンテンツ等に企画・編集・執...

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