【今週の大人センテンス】あらためて考えたい。安田純平さんバッシングの異様さ

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写真:ロイター/アフロ

巷には、今日も味わい深いセンテンスがあふれている。そんな中から、大人として着目したい「大人センテンス」をピックアップ。あの手この手で大人の教訓を読み取ってみよう。


第112回 何が彼らをかき立てるのか


「私の解放に向けてご尽力いただいたみなさん、ご心配いただいたみなさんにお詫びするとともに深く感謝申し上げます。本当にありがとうございます」by安田純平(ジャーナリスト)


【センテンスの生い立ち】
内戦中のシリアで武装勢力に拘束され、先月、3年4カ月ぶりに解放されたジャーナリストの安田純平さん(44)。無事の生還が報じられると同時に、ネット上では、祝福や安堵の声の何百倍も、非難や罵倒の声があふれた。帰国して8日後の11月2日、日本記者クラブで会見に臨んだ安田さんは、冒頭で謝罪と感謝の言葉を述べたあと、拘束の状況や解放に至る経緯、自身への批判に対する思いなどについて、2時間半にわたって詳しく語った。


【3つの大人ポイント】
・どんな批判を受けても仕方ないと腹をくくっている
・過酷な経験を通じて多くの情報を伝えてくれている
・バッシングの向こうに日本の現状を浮き上がらせた


安田純平さんが帰国した直後、あれほどエネルギッシュにバッシングなさっていたみなさんは、帰国して10日以上たった今もなお、激しく怒り続けてらっしゃるのでしょうか。少しは落ち着いたでしょうか。あいかわらず「ケシカラン!」「許せん!」と思い続けているとしたら、それはそれでご立派です。確固たる信念があっての怒りなのですから。


おそらく、帰国直後に張り切ってバッシングしていた方の多くは、その情熱をすでに失っていることでしょう。安田さんの評価が変わったとか、自分の考え違いを反省したとか、そういうことならたいへん素晴らしいのですが、たぶんそうではありません。飽きたか興味をなくしたか、あるいは別の対象を攻撃するのに忙しいかもしれません。その程度の浅い動機で他人様にあんなに口汚い言葉を投げつけられるなんて、ひじょうに不思議です。


11月2日、長く過酷な監禁生活から解放されたばかりの安田さんが、帰国後初めての記者会見に臨みました。体も心も万全ではないだろうし、きっと思い出したくない記憶ばかりでしょうが、メディアも世間もそうのんびりとは待ってくれません。解放直後に本人が言っていたように、ジャーナリストとして、そして助けられた身としてできるだけのことを伝えるという使命感や義務感もあったでしょう。


私は安田さんとは面識も接点もないし、仕事のジャンルも違います。伝えたいという気持ちで危険な場所に取材に行き、多くの実績を残していることに尊敬の念を抱いてはいますが、とくにファンというわけではありません。もちろん、無事に生きて帰国できたことは、心から祝福しています。そういうこととは関係なく、予想通り巻き起こった激しいバッシングに対して、深い情けなさとイラ立ちを覚えずにはいられません。


先日の記者会見がひと区切りとなったのか、安田さんの話題は落ち着きを見せています。結局、あのバッシングは何だったのか、あらためて冷静に振り返ってみましょう。記者会見の中で安田さんは、バッシングや「自己責任」といった議論をどう受け止めているかという質問に対して、次のように答えています。

 


「私自身の行動によって、日本政府並びに多くのみなさまにご迷惑をおかけしたということもあるので、私自身に対して批判があるのは当然のことと考えています。何があったかを含め、みなさまに批判いただき、検証いただくのは当然だと思っています。そのことについてはとくに私の側からは疑問はありません。ただ、事実に基づかないものもあるように思いますので、あくまで事実に基づいたものでやっていただきたいという私の願いはあります」


本人もこう言っているように、批判は当然だし、検証も必要でしょう。しかし、批判とバッシングは別ものです。バッシングしている人の「理由」を見ると、イチャモンとしか思えないこじつけや事実誤認だらけ。要するに「気に食わない」「ムカつく」といったマイナスの感情が先にあって、あとから「理由」をくっつけているように見えます。


「いや、自分はちゃんと理由があって批判したんだ!」と言い張る方も多いかもしれません。しかし、身代金云々は今のところ噂話の粋を出ないし、仮に噂が本当で「お金が武装勢力にわたったことで……」と言うなら、日本が何兆円分も武器を買ったお金がめぐりめぐってアメリカがあちこち空爆しているわけですから、それを批判するのが先です。いや、順番の問題じゃありませんけど、つまりは「後付けの理由」に過ぎません。


税金云々は笑止千万というか、もっと巧妙で膨大な税金の無駄遣いに対しては何も言わないくせに、国が国民を守るという当然の行為にケチをつけることに矛盾を感じないんでしょうか。平和な日本で暮らしている私たちの多くも、自分が払っている以上の税金の恩恵を確実に受けているし、災害や病気で自分がいつ助けられる立場になるかわかりません。そもそも「税金が」と言えば自分に正義があると思えるところが、じつにセコイ了見です。


でも、そういうことじゃないんですよね。「その批判の理由はおかしい」と言ったところで、叩きたい人の耳には入りません。百万歩譲って、批判の理由に多少の分があるとしても、過酷な状況を生き延びて帰ってきた人が激しいバッシングにさらされる光景は、明らかに異様です。批判にさらされるべきことは、ほかにたくさんあるはず。ちょうどいい標的を見つけてはしゃいでいるだけで、まったくバランスが取れていません。


バッシングに精を出していた人は、叩きやすい相手を生け贄にする世の中が望ましいと思っているのでしょうか。あるいは、目先の快感が味わえればそれでいいのでしょうか。いったい何が彼ら彼女らを、バッシングという不毛な行為にかき立てているのでしょうか。もしも本気で「正義のため」と思っているとしたら、あまりにも悲しい構図です。


安田さんは拘束中も解放後も極めてリアルに、シリアの現状や武装勢力の実態を伝えてくれました。きっと今後も、安田さんにしか伝えられないことを語ったり書いたりしてくれるでしょう。そして、本人の意図しないところで、彼のような人がバッシングの標的になるという今の日本の異様さ、いびつさを浮き上がらせてくれました。誰もがこういう展開を予想していて、もはや「よく見る光景」になっていることも、考えてみたら異様です。


安田さんへのバッシングだけでなく、同じようなバッシングが次々と繰り広げられることも含めて、そういうのは異様で残念な光景だということをきっちり認識しましょう。参加するのは論外ですけど、バッシングに慣れっこになって見ても何とも思わなくなるのは、ぜんぜん幸せなことではありません。


【今週の大人の教訓】
誰かを叩けば叩くほど、自分の中の誇りが目減りしてホコリがたまる

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コラムニスト

石原壮一郎

1963年、三重県生まれ。コラムニスト。月刊誌の編集者を経て、1993年に『大人養成講座』でデビュー。大人の新しい概念と可能性を知らしめ、以来、日本の大人シーンを牽引している。2004年に出版した『大人力検定』は...

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