昨今のパクチーブームの礎は、90年代の早大生が築いていた!

話題

 

「無難」からはほど遠い。ときに除かれ、省かれ、嫌われてきた。「臭い」「無理」「意味がわからない」と遠ざける人も多かった。だが、約30年かけてじわりじわりと人気を獲得し、市民権を得た。今年、僕自身も「」という原稿を書いたし、現在発売中の『dancyu』5月号でも14ページに渡る特集が組まれている。

 

「食」という日常の文化は、定着に時間がかかるが、最近の躍進ぶりは、パクチーが完全に定着期に入ったことを窺わせる。初めて、パクチーに光が当たったのは1980年代のエスニック料理ブームだったが、その原動力となったバブルは崩壊。外食産業は冷え込み、エスニック熱も一度は落ち着いた。しかしこの後、パクチーは単体で局所的ブームを繰り返し、さまざまな形で大衆の舌と記憶に定着していく。その原動力となったのは"マニア"の熱である。

 

 

■「ティーヌン」のトムヤムラーメンという原体験

 

単体としてのパクチーの飛躍の礎を築いたのは、1992年にオープンした西早稲田のラーメン店、「ティーヌン」だろう。大衆食であるラーメンに「パクチー」という食材を持ち込み、繁盛店となった。「タイ国ラーメン」というキャッチも秀逸だったし、何より味のチューニングが絶妙だった。店の看板の「トムヤムラーメン」の味のベースはタイ料理の「トムヤムクン」だったが、味の決め手は日本の味噌。さらに「クン」(海老)の代わりにチャーシューを乗せ、ラーメンに期待される要素を満たした(トムヤムクンラーメンもあるにはあったが、開店当初から圧倒的にトムヤムラーメンが支持されていた)。

 

そのトムヤムラーメンに薬味として「パクチー」が乗せられていた。食いつく者から敬遠する者まで、反応はさまざまだったが、ある日一部の学生が「パクチー大盛り」という注文をするようになった。パクチーにハマるマニアの出現である。とかく若者は他人の影響を受けやすい。ティーヌンで通を気取る大学生は、次々に「パクチー大盛り」という呪文を覚えていった。おそらく当時、控えめに見積もっても一日150人くらいは集客していたはずだ。つまり延べ数にして、年間数万人の大学生がこの店でパクチー原体験を積んだと思われる。

 

 

■純度を高めた「味坊」のパクチーサラダ

 

次なる外食におけるマイルストーンは、2000年に開業した神田の中華料理店「味坊」だろう。中国の東北地方の中華料理を出す店で、いまや押しも押されぬ羊肉料理の名店として知られる。そしてこの店の“パクチーサラダ ” (正確には「青唐辛子・胡瓜・香菜のサラダ」)も開店以来、さまざまなメディアで取り上げられている。羊肉との好相性は好事家なら誰もが知るところだが、この店では「全員食べているんじゃないか」と錯覚するほどよく注文されている。香菜(パクチー)単体のメニューが受け入れられることを証明した一皿といえるだろう。常連には「とりあえず」とビール感覚でこのメニューを頼む客も多い。

 

 

■“マニア の転換点

 

そしていよいよ店名に「パクチー」を謳う専門店の登場となる。2007年、経堂にオープンした “ 世界初のパクチー専門店 ” 、「パクチーハウス東京」だ。前菜からメイン、デザートからカクテルまで右を見ても左を見てもパクチーメニューばかり。「交流する飲食店」として相席を推奨し、家族連れも含めた、初対面の客同士がパクチーメニューの話題で盛り上がる。もはや食べ手として「パクチーが好き!」というだけでなく、専門店を開業するレベルの熱量が"マニア"の要件となった。このことは一定数の人たちに、パクチーが受け入れられるようになったことの裏返しでもある。

 

 

■パクチー×フクロウという複合業態

 

さらに2014年、高田馬場に新店「パクチーバル8889」がオープンした。昼はフクロウと触れ合えるフクロウカフェ、夜はパクチーメニューのバル。二毛作エンターテインメント業態で、あっという間に行列のできる人気店となった。実はこの店は、僕の事務所から徒歩数分のところにある。開店前、まさかここまでの人気店になるとは思ってもみなかった。というのも、実はこの物件、どんなテナントが入ってもすぐ撤退し、空き物件の期間が長くなりがちな物件だったのだ。だが、この店は「パクチー」と「フクロウ」という、現代の生活者に受ける要素をぎゅっと詰め込んだ。数十羽のフクロウや巣箱の管理、パクチーメニューの開発などオペレーションなども煩雑になるが、その程度で投げ出すくらいなら開店していないはずだ(看板を掲げてから開店まで数か月かかっていて、他人事ながら家賃が大丈夫か心配になった覚えがある)。

 

いつの時代も現実を動かすのは、好事家が持つ異様なまでの熱量だ。さまざまな専門業態がオープンし、メディアでは特集が組まれ、居酒屋や中華料理店でもパクチーの存在感は増している。「好き嫌い」という身近な論争を乗り越えて、30年かけてじわじわとコシの強い好事家を育んできたパクチー。ここから先の伸びしろはいかほどか。ちなみに植物としてのパクチーの成長スピードは驚くほど早く、そして丈夫だ。

この記事が気に入ったらいいね!しよう

citrusの人気記事をお届けします

SNSで記事をシェア

フードアクティビスト

松浦達也

フードアクティビスト/編集者&ライター 『dancyu』などの食専門誌から新聞、雑誌、Webなどで、「調理の仕組みと科学」「食文化」「食から見た地方論」など幅広く執筆、編集を行う。テレビ、ラジオでの食トレンド...

松浦達也のプロフィール&記事一覧
ページトップ