【中年名車図鑑|6代目 日産ローレル】ハイソカーの定番ボディ「ピラーレス4ドアハードトップ」が懐かしい

車・交通

大貫直次郎

“ハイソカー”ブームが市場を席巻するなか、日産自動車は1988年に6代目となるローレルを発表する。開発テーマは「大人の趣味の良さ」の表現。注目のボディタイプは、ピラーレスの4ドアハードトップに一本化していた。今回は「時代のまんなかにいます」のキャッチを謳って登場したC33型系のローレルで一席。

 

 

【Vol.98 6代目 日産ローレル】

 

後にバブル景気と呼ばれる好況に沸いていた1980年代終盤の日本の自動車市場。ユーザーの注目はハイテク機構を満載した高級・高性能車に集まり、とくに“ハイソカー”と呼ばれるモデル群の販売台数が伸長していた。

 

 

■ハイソカー路線のさらなる追求

 

この状況下で日産自動車の開発陣は、6代目となる次期型ローレルの開発に邁進する。ローレルは元々、「豪華さ、ゆとり、格調の高さを兼ね備えたひとクラス上の高級ハイオーナーサルーン」を標榜するクルマで、いわばハイソカーの先駆けといえるモデルだった。市場でハイソカーのラインアップが増え、ユーザーから高い支持を獲得しているいま、ローレルはさらなる上質感と個性を追求しなければならない――。その具体的な方策として、開発陣は6代目の車両コンセプトを「大人の趣味の良さを表現した上質な4ドアサルーン」と位置づけた。


スタイリングに関しては、ハイソカーの定番ボディとなるピラーレス4ドアハードトップに絞ることを決定したうえで、「大人の知性を表現した円熟フォルム」の創出を目指す。ボディ面は曲線を基調に張りのある面構成とし、さらに彫りの深いグリルによる精悍なフロントマスク、表情豊かなサイドのキャラクターライン、ガーニッシュと連続したリアコンビネーションランプなどを採用する。ボディサイズは全長4690×全幅1695×全高1365mm/ホイールベース2670mmに設定した。


内装は「心地よさとゆとりが感じられる、大人のための上質なインテリア」に仕立てることがテーマとなる。キャビン全体は曲線と曲面を多用し、乗員を優しく包み込む“ラウンドトリム”を開発。さらにシートやドアトリム、ステアリングなどには厳選したレザー材を多用した。また、インパネには本物の木の風合いを活かした南米産ローズウッドの“本木目クラスター”やベースとなる木目プリントの上にウレタン系塗料を配合したカラークリアを重ね塗りする“漆塗り調クラスター”を装着。シート表地には前述のレザーのほか、高級スエード調人工皮革のエクセーヌも採用した。

 

 

走りの機構については、「乗る人の感性に確実に応える基本性能」の実現を目標に掲げる。搭載エンジンは大幅に改良したRB20型系(RB20DET型1998cc直列6気筒DOHC24Vインタークーラー付セラミックターボ、205ps/RB20DE型1998cc直列6気筒DOHC24V、155ps/RB20E型1998cc直列6気筒OHC、125ps)をメインに、CA18i型1809cc直列4気筒OHC(91ps)とRD28型2825cc直列 6気筒OHCディーゼル(94ps)を用意。駆動レイアウトは熟成のFRで、トランスミッションには5速MTと4速ATのほかにホールドモード付きフルレンジ電子制御オートマチックのE-AT(電子制御4速AT)を設定した。またE-ATには、DUET-EAと呼ぶエンジン・トランスミッション統合制御システムを組み込む。サスペンションはフロントがマクファーソンストラット式で、リアがマルチリンク式。上級モデルには新世代4輪操舵システムのHICAS-Ⅱや可変式ショックアブソーバー&車速感応式電子制御パワーステアリングのDUET-SSを採用した。

 

 

■「時代のまんなかにいます」のキャッチを謳って市場デビュー

 


第6世代の新型ローレルは、C33の型式を付けて1988年12月に発表、翌89年1月に販売を開始する。ボディタイプは伝統の4ドアセダン/4ドアハードトップの2ボディ構成から、ピラーレスの4ドアハードトップに一本化。グレード展開は最上級シリーズのメダリスト、上級仕様のグランドクルーズ/グランドサルーン/グランドエクストラ、ベーシックモデルのエクストラのほか、ホワイトベージュレザー内装で仕立てた豪華仕様のメダリスト・クラブLや高級スポーティモデルのメダリスト・クラブSをラインアップした。ちなみに、6代目のC33型系は発表から発売の約1カ月のあいだに受注を喚起するティーザーキャンペーンを実施する。イメージキャラクターに抜擢されたのは、当時のお父さん層に人気があった女優の富田靖子さんで、彼女がささやく「父は、新しいローレルを予約しました」「モデルチェンジはこうでなくっちゃ、と言っています」とのセリフが話題となった。一方、発売開始後のイメージキャクターを務めたのは歌舞伎役者の坂東玉三郎さんで、シックで上品な映像に「時代のまんなかにいます」というキャッチコピーが脚光を浴びた。


市場に放たれた6代目ローレルの数あるグレードのなかで、とくに注目を集めたのは新設定のメダリスト・クラブLとメダリスト・クラブSだった。クラブLはミドルクラスとしては珍しいオフホワイト色の本革張り内装や本木目クラスター、DUET-SSといった装備が、クラブSはブラックアウトしたグリルやスポイラー付エアダムバンパー、ゴールドのアルミホイール、走りに関する先進装備(HICAS-Ⅱ、4WAS、リアビスカスLSD)などが話題を呼ぶ。また、クラブ系グレードに標準で施されたスーパーファインコーティング(フッ素樹脂塗装)も好評を博した。

 

 

 

■最大のライバルはセフィーロ!?

 

 

新世代ハイソカーの渾身作として登場したC33型系ローレル。しかし、販売成績はデビュー当初を除いてそれほど伸びなかった。当時の日産スタッフによると、「ハイソカーとしてはセドリック/グロリア・シーマの影に隠れ、またスタイリッシュなミドルクラス車としてはフロアユニットを共用するセフィーロに比べてイメージが薄かった」ことが要因だったという。とくにセフィーロに関しては、「ピラーレスの4ドアハードトップ化でボディを補強し、車重が重くなってしまったローレルに比べ、4ドアセダンのセフィーロは走りがより俊敏だった。また広告展開でも、シックなイメージに仕上げたローレルに対して流行語にもなった井上陽水さんの“お元気ですかぁ~”のほうがインパクトが強かった」のである。

 

 

販売台数が期待よりも伸びなかったとはいえ、C33型系ローレルは上品さを好む大人のユーザーには高く支持され、先代モデルと同様にミドルクラスの定番モデルに位置づけられていく。その地道な人気に応えるように、日産の開発陣はC33型系ローレルの改良を行い、1990年1月には充実装備のメダリスト・セレクションSを、1991年1月のマイナーチェンジでは内外装の一部変更と同時にRB20DE/RB20E系エンジン搭載車に5速AT仕様を、同年10月にはRB25DE型2498cc直列6気筒DOHCエンジン(180ps)+5速AT搭載の3ナンバーガソリンモデルを設定した。


流行のピラーレス4ドアハードトップのボディを採用したC33型系ローレルは、1993年1月になるとフルモデルチェンジが実施され、7代目となるC34型系にバトンタッチする。そのC34型系は、センターピラーを備えた3ナンバー規格の4ドアハートップボディに一新された。結果的に6代目は、5ナンバーボディを基本とした最後の“月桂冠(LAUREL)”となったのである。

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大貫直次郎

1966年型。自動車専門誌や一般誌などの編集記者を経て、クルマ関連を中心としたフリーランスのエディトリアル・ライターに。愛車はポルシェ911カレラ(930)やスバル・サンバー(TT2)のほか、レストア待ちの不動バ...

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